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飲み屋でモテるマメ知識「サッカー・ワールドカップ」編

旬の仰天トリビア一挙出し! 飲み屋でモテる! 中年男子のマメ知識

キャバクラやスナックで女の子と話題が続かない……そんな中年男子に送る、とっておきの雑学トリビア集。これさえ覚えておけばネタに困らないこと間違いなし!? 是非ご活用あれ!!

ブラジルカラーはホワイトだった!

カナリア軍団と呼ばれるブラジル代表のユニフォームは黄色だが、最初からそうだったわけではない。初期のW杯では白いユニフォームを着ている。"悪夢"が色を変えさせたのだ。

1950年の第4回W杯――初の自国開催で燃えるブラジルは破竹の勢いで勝ち進み、ウルグアイとの最終戦に臨んだ。この試合に勝つか引き分ければ、優勝が決まる。誰もがブラジルの圧倒的勝利を予想した。だが、敗れた。自殺者やショック死する観客が出るほどの衝撃的敗戦だった。それを忘れようと、ユニフォームを変えたのである。ブラジルのW杯初制覇は、その8年後である。

W杯を沸かせた!仰天ゴールの数々

W杯における最年長ゴールは42歳39日。カメルーンのロジェ・ミラが、1994年のアメリカ大会のロシア戦で記録している。40代でゴールを達成した選手はミラ以外にいない。

一方、最年少得点はペレだ。1958年のスウェーデン大会に17歳で出場。6得点を叩き出し、ブラジルを初優勝に導いた。

最速ゴールは試合開始後11秒。2002年の日韓大会で、トルコのハカン・シュクルが記録している。秒殺ゴールを決められたのは、韓国代表だった。

無名の補欠選手が13得点の大活躍!

スウェーデン大会では驚異的な記録が生まれた。1大会13ゴール。達成したのはフランスのジュスト・フォンテーヌだ。彼は無名の補欠選手だったが、レギュラーの故障で試合に出場すると神がかり的な活躍を見せ、6試合で13ゴールを決めた。だが、同大会には17歳のペレが出ており、世間の注目は若き天才に集中。

フランスが準決勝でブラジルに敗れたこともあり、フォンテーヌは結局、ペレの引き立て役に終わった。

サッカーが原因で本物の戦争が勃発

1969年6月、翌年のメキシコ大会に向けた中米予選で、ホンジュラスとエルサルバドルが対戦した。

隣接する両国は国境問題などのトラブルが多く、試合が進むにつれ、興奮したサポーターたちが衝突。投石、乱闘、婦女暴行が発生し、収拾のつかない状態に。

この騒動をきっかけに、7月にはなんと戦争へと突入。1カ月後、米国の調停で戦争は終結したが、その間、両国合わせて3000人もの尊い命が失われた。

日本が成し遂げた史上3カ国目の快挙

日本が初めてW杯本大会に出場したのは1998年のフランス大会。以来、予選敗退はなく、今回で初出場からの5大会連続出場。実はこれ、ブラジル、イングランドに次ぐ、史上3カ国目の快挙である。次に日本が狙うのは、アジア勢初のW杯制覇。その日はそれほど遠くない!?

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