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全長270mの現存する世界最大の戦艦がまるごと記念館になった「戦艦ミズーリ記念館」は半端ない迫力で20世紀の歴史を物語る



第二次世界大戦、朝鮮戦争、湾岸戦争と激動の20世紀後半を戦い抜いたアメリカ海軍の戦艦ミズーリは、2019年時点はハワイのパールハーバーで「戦艦ミズーリ記念艦」として保存されています。映画「バトルシップ」でもその雄姿を見せつけた戦艦ミズーリの実物に乗り込んで見学ができるとのことで、実際に足を運んでバシャバシャと写真を撮りまくってきました。

パールハーバー(オアフ島真珠湾)戦艦ミズーリ記念館

https://ussmissouri.org/jp/

ハワイ・オアフ島には公共路線バスの「The Bus」が走っています。戦艦ミズーリ記念館へ行くには、ダニエル・K・イノウエ国際空港(旧ホノルル国際空港)から20番か42番のバスに乗って向かいます。最寄りのバス停は「Arizona Memorial」です。



バス停から降りて横断歩道を渡ると……



パールハーバーのビジターセンターに到着。



遠くに「U.S.NAVY」と書かれた大きなミサイル2本が見えました。



正面ゲートを通ってビジターセンター内に入ります。ここは無料で通過できますが、荷物を持って入ることは許可されていません。



パールハーバーの記念館エリアは軍の施設ということで、厳重なテロ対策が行われています。そのため、荷物は、正面ゲートの右手にある「Baggage Storage」に預ける必要があります。



代金は荷物1つにつき5ドル(約550円)。当日は中型のキャリーバッグも持ち運んでいましたが、問題なく預かってくれました。この時、常に身につけている小型のショルダーバッグをうっかり預け忘れていたのですが、記念館に入る際に係員から注意を受けてしまったので、サイズに関わらず、すべての荷物を預ける必要があるようです。



荷物を預けると、引き換えチケットを発行されます。「この引き換えチケットをなくすと絶対に交換できないので注意してください」と受け付けの係員から念入りに注意されました。



荷物を預けて、記念館エリアへ。



突き当たりのカウンターで、各記念館の観覧用パスが販売されています。戦艦ミズーリ記念館の観覧用パスは大人が29ドル(約3200円)、子どもが13ドル(約1400円)です。



戦艦ミズーリ記念館へは、パールハーバービジターセンターから出ている無料のシャトルバスに乗る必要があります。シャトルバスの乗り場がどこにあるのかが少し分かりづらいですが、正面ゲートから入って右手奥、Baggage Storageの建物の脇をさらに奥へ進んだところにありました。



これがシャトルバス。戦艦ミズーリ記念館とパールハーバー太平洋航空博物館、1941年の真珠湾攻撃で沈没した戦艦オクラホマの慰霊碑へ行くことが可能です。シャトルバスは軍の施設を走るということもあり、車内では一切の撮影が禁止されているので、注意が必要です。



およそ6〜7分ほどで、戦艦ミズーリ記念館の入り口ゲートに到着。



バスを降りてすぐに目に飛び込んでくるのが、巨大な戦艦の姿。そのあまりのインパクトに、思わず訪れた人が皆見上げながら「オー」と声をもらしているのが印象的でした。



また、入り口横には第二次世界大戦中のアメリカ太平洋艦隊総司令官を務めたチェスター・ニミッツ海軍元帥の銅像が飾られていました。



戦艦ミズーリの全長は270m。現存する世界最大の戦艦ということで、ギリギリまで引いて撮影してもその全景がフレームに収まらないほど巨大でした。



戦艦の前にはさまざまな旗や、第二次世界大戦の終結を象徴する有名な写真「勝利のキス」をモチーフにした像も置かれていました。



戦艦ミズーリ記念館では、戦艦ミズーリへ実際に乗り込むことができます。さっそくブリッジを渡って、甲板へ。



甲板へ渡ってすぐには受付がありました。ここでは無料でガイドを頼むことができ、もちろん日本語でのガイドも可能。



まずは甲板の上をうろうろ。真っ先に目を引くのが巨大な50口径40.6cm砲です。



座り込んでいる社会科見学で訪れていた地元の小学生と比べると、その巨大さがよくわかります。



甲板はウッドデッキで覆われていて、多くが補修されているものの、一部はまだ70年以上前の建造当時のものが使われ続けているとのこと。甲板の端には腰ほどの高さの柵があり、ネットで覆われているだけ。少し身を乗り出せばハワイの海が広がっています。



柵に並んで機関銃が設置されていました。



機関銃は実際に触って動かしたりのぞき込んだりすることが可能でした。以下の画像は機関銃の照準器越しにパールハーバーを眺めたところ。



港側に設置されている機関銃には……



兵士がかぶるヘルメットが置かれていました。分厚い鉄板でできているためかずっしりとした重量感で、片手で持つのがやっとなほど。



他にもガトリング砲や……



サーチライト



ファランクスも間近で見ることができました。



戦艦ミズーリと港をつなぐ鎖は……



間近で見るとこんな感じ。鎖の輪の1つはめちゃくちゃ巨大。



「バトルシップ」ではエイリアン母船との最終決戦で、この巨大な鎖と錨(いかり)を使って戦艦ドリフトを決めるシーンがありました。



壁面に描かれているのは朝鮮半島のシルエットと289という文字。これは朝鮮戦争の時に戦艦ミズーリから発射した弾の数だとのこと。



甲板を歩いていると、床に埋め込まれたプレートを発見。



このプレートは太平洋戦争で日本が降伏したことを記念したもの。戦艦ミズーリは、1945年に日本の降伏文書の調印式が行われた場所で、当時このプレートの真上で調印が行われたそうです。



この旗は、1853年にペリーが日本に開国を迫ったときに乗ってきた黒船で掲げられたアメリカ国旗のレプリカです。調印式では、このペリーの国旗が戦艦ミズーリに掲げられたとのこと。



さらに、降伏文書のレプリカも展示されていました。降伏文書では、カナダ代表がサインをする場所を間違えてしまったそうで、当時の日本の代表団は「書き間違えた文書だと審議を通らない」と書き直しを要求。しかし、既に祝賀会が始まってしまったために通らず、手書きで修正されて終わったそうです。サイン欄が1つ空欄になり、その後につづく各国代表の肩書が手書きで修正されているのがよくわかります。



そして、降伏文書が展示されているショーケース横にある階段は、当時連合国軍の最高司令官を務めたダグラス・マッカーサー元帥が降りてきた場所だとのこと。



また、戦艦ミズーリが太平洋戦争を現代に伝える一端が、この舷側のゆがみ。これは、戦艦ミズーリが沖縄へ出陣した際に、特攻をしかけた日本の零式艦上戦闘機がぶつかった跡だとのこと。



甲板に残った足跡は……



この特攻機の日本人パイロットの水葬を行った時の兵士が立っていた場所を示しているとのこと。敵国の兵士を正式に弔うことに対して乗組員から強い反対もあったそうですが、当時のミズーリの艦長が「自らの命をかけて任務を全うした軍人だから」という理由で強行したそうです。



戦艦ミズーリは、甲板だけではなく、内部も見学することが可能。甲板にある扉を開けると……



中に続く急な階段。



下に降りると、そこは食堂だった場所。社会科見学に来ている子どもが元気よくはしゃいでいました。



軽食スタンドの横を通り……



内部を進んでいきます。戦艦の中はパイプやさまざまな電線が壁を伝っていて、区域を仕切る壁には重たい機密扉がついています。



最初に到達する展示エリアでは国際連合の旗や……



戦艦ミズーリの全体図など、貴重な資料が多く展示されていました。



そのまま展示エリアを抜けて奥に進みます。



戦艦ミズーリは全長270m。見学できるのは食堂を中心とした居住区エリアです。



壁にずらっと並んだ歴代上官のマグカップ。



これは、談話室の上官専用席。



調理場では……



大量のパンが焼かれている様子が再現されていました。



「ドーナツショップを見逃さないで」という立て看板があったので振り返ると……



大量のドーナツが揚げられていました。広い戦艦の中に食堂はいくつも存在していますが、陸地から長く離れてもなお、陸地と変わらず多種多様な食べ物・飲み物が振る舞われるところにアメリカという国の豊かさが垣間見えました。



ここは工作室。旋盤が置かれていて、必要な部品をその場でつくることができました。



椅子がずらりと並ぶ教室は……



コンピューターセンター。巨大なAppleのロゴステッカーが扉に貼られていました。



プログラミングなどの講義が行われていたようで、教本やファイルが本棚に並んでいました。



また、隣の部屋にはコンピューターが設置されていました。戦艦ミズーリが建造されたのは第二次世界大戦中で、退役したのは1992年。朝鮮戦争後は一時退役していましたが、コンピューターが戦線で活躍する現代戦が展開された湾岸戦争で戦艦ミズーリは再就役し、出動しました。その際に、艦内には大量のコンピューターが導入されたようです。



ここは居住区。スペースが限られているために仕方がないとはいえ、三段重ねのベッドは大人の男性1人がギリギリ横になれる程度のサイズ。団体客であれば、事前に予約することで宿泊することも可能だとのこと。



居住区にある机は、兵士が余暇にチェスやバックギャモンが遊べるように盤面が描かれていました。



また、居住区の中に通っている鉄骨はただの柱ではなく、その内部は甲板に設置されている50口径40.6cm砲の弾を運ぶ経路になっているとのこと。



居住区の奥には歯科治療が行える診察室や……



郵便局もありました。



郵便局からさらに進むと……



艦橋に登ることができました。戦艦ミズーリの航行システムがここに集結しています。



艦橋にあった艦長用のシート。この革張りの立派なシートには一般の見学客が座ることが許されず、ロープが張られていました。



艦橋からの眺めはこんな感じ。3門×2の50口径40.6cm砲が並んで見えます。



艦橋を下から見上げたところはこんな感じ。手前に見えているのは38口径5インチ砲です。



甲板と戦艦内部、艦橋を見学して、だいたい1時間半ほど。全長270mの戦艦のうち、公開されているのはごく一部ですが、それでもめちゃくちゃ見応えがありました。以下の画像は戦艦ミズーリから降りてすぐにあった「Battleshop」という売店。



また、シャトルバスの待機エリアではホットドッグ(3ドル、約330円)も販売されていました。巨大なソーセージがふかふかのパンに挟まったボリューミーなホットドッグは見学後に小腹を満たすにはぴったり。



再びバスに乗り、ビジターセンターへ帰還。バス乗り場辺りをうろうろしていると、太平洋戦争の戦績などのおおまかなデータが掲示されていました。



また、巨大な魚雷の模型や……



ビジターセンターの外からもめちゃくちゃ目立っていたミサイルの模型も展示されていました。



また、ビジターセンターの海岸沿いの広場には、真珠湾攻撃の時にパールハーバーに係留していた軍艦の記念碑があり……



その向こうには潜水艦ボーフィンが係留されているのが見えました。

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