戻る


アシアナ売却で「華麗なる一族経営」は終焉か

 2019年4月15日、韓国第2位の航空会社であるアシアナ航空が売却されることになった。

 たたき上げの創業者が後を託した「優秀な」子供たち。兄弟愛に満ちていた経営は、紛争の末に売却に追い込まれることになった。

 アシアナ航空を傘下に持つ錦湖(クムホ)アシアナグループは、資金繰り悪化から銀行団から強い圧力を受けていた。

 無理な拡大策でグループ売上高の6割を占めるアシアナ航空は3兆ウォン(1円=10ウォン)もの借入金を抱えている。

 年内に1兆ウォンの返済が来ることから銀行団は、「抜本的な対策」を求めていた。ついにオーナー側が「白旗」を上げてアシアナ航空売却の方針を決めた。

[JBpressの今日の記事(トップページ)へ]

小学校2年終了

 経営責任を問われていたのは3月末に急遽辞任した朴三求(パク・サング=1945年生)氏だった。名前の通り創業者の三男だ。

 錦湖アシアナグループはどういう成長をたどってきたのか。

 創業者は韓国南西部の全羅南道出身の朴仁天(パク・インチョン、1901〜84年)氏。貧しい家庭で生まれ小学校2年というのが最終学歴だ。

 様々な事業に手を出しては失敗を重ね、日本の植民地支配の末期には巡査をしていた。独立とともに再び事業に乗り出した時には46歳になっていた。

 米フォード・モーターの中古乗用車を2台手に入れ、光州市でタクシーの営業を始める。さらにこの地域でバスの運行にも乗り出し、ようやく事業成功の契機をつかむ。

 朝鮮戦争後には本格的に事業を拡張する。バス路線を拡大して資金を稼ぎ、タイヤ製造にも乗り出す。さらに日本企業と合弁でタイヤ原料の合成ゴム事業にも進出する。

 全羅南道の交通会社から化学会社も傘下に持つ一大企業グループに発展する。錦湖グループだ。

長男はエール大博士

 創業者は、5男3女をもうけた。自分が高等教育を受けられなかったためか、子供たちの教育には力を入れた。

 長男は、米エール大で経済学博士となった。まだ米国帰りの博士が珍しかった時代だ。

 青瓦台(大統領府)で短期間勤務した後、ソウルの西江大学の教授となったが、「経済学者として」家業の経営に様々なアドバイスをした。

 事業が拡大すると創業者はこの長男に大学を辞めて会社の経営に携わるように命じ、後継者に指名する。1984年、創業者が死去すると長男が会長に就任する。

 学者出身の長男への継承後、錦湖グループに大きなチャンスが巡ってくる。1988年、韓国政府が大韓航空に次ぐ民間航空会社として錦湖グループに免許を与えたのだ。

 1988年12月、金浦〜光州、金浦〜釜山(金海)路線を就航させ、ソウル五輪後の韓国の航空産業の成長に乗って企業も順調に拡大した。

 航空会社選定に当たっては、全羅南道の企業だったこともプラスになったという見方が多い。

 韓国では、地域感情の対立が深刻だった。1970年以降、軍事政権の中枢には韓国東南部の慶尚北・南道出身者が多く、全羅北・南道は、野党・民主勢力支持との色分けができていた。

 全羅道地域は経済発展でも遅れた面も否定できず、この地域出身の企業グループを後押しするという政治的な配慮があったという見方だ。

 この新規航空会社がアシアナ航空で、のちにグループ名も錦湖アシアナグループとなる。

兄弟で協力する

 創業者と長男は経営を継承する際に、「兄弟で協力して経営にあたる」との方針を出していた。

 その後、大学総長になった五男を除く弟たちを入社させ、順番に経営トップに据えるとの「暗黙の了解」だった。

 航空事業への参入を果たした長男はその通り65歳で「引退」して、次男が3代目会長になる。次男は、延世大学の法学部を卒業して錦湖アシアナグループで勤務していた。

 6年間、堅実に経営をして長兄と同じく、65歳の時に三男に譲る。この三男が朴三求氏で、2002年に会長に就任した。

 朴三求氏も延世大学の経済学部を卒業した。同窓会会長も務めている。アシアナ航空の経営を安定させ、サービス面でも向上を図るなど経営者としての手腕を発揮した。

 4代目会長としてグループを飛躍させたい。あるいは、父親は兄たちよりも、もっと実績を上げたいという欲もあったのか。

 のちのち、問題になる勝負に出た。

伸るか反るかのM&A

 2006年以降、大宇建設と大韓通運を立て続けに買収する。投じた資金は10兆ウォンだった。

 伸るか反るかのM&Aで錦湖アシアナグループは一時、資産規模で韓国財閥の7位にまで浮上した。大韓航空を傘下に持つ韓進(ハンジン)グループも抜いてしまった。

 ところが巨額の借入金で買収に乗り出したため、直後のリーマンショックで資金繰りが悪化してしまった。

 この大型買収に反対だったのがグループナンバー2だった四男、朴賛求(パク・チャング=1947年生)だ。米アイオワ州立大で統計学を学び、錦湖アシアナグループ入りして、経営の経験を積んでいた。

 物静かな学究肌で、あまり自己主張をしない。メディアでも積極的に発言する朴三求氏とは全く性格が異なり、「グループ会長職を継承することに関心がない」という見方もあった。

学究肌の四男は独立

 ところが、実際にはどうだったのか。

 朴三求氏が2009年に65歳になっても経営権継承の気配がないと見るや、朴賛求氏は2010年に石油化学事業など優良化学事業部門を率いて独立してしまった。これが錦湖石油化学グループだ。

 その後、三男と四男は、様々な案件で対立、訴訟合戦を繰り広げることになる。

 大型M&Aの後遺症で、借入金返済に深刻な問題が出ていた時に、収益事業である化学事業部門がごっそりと抜けてしまう。残った錦湖アシアナグループは、追い詰められてしまった。

 一方の錦湖石油化学グループは堅実経営として知られる。主力企業である錦湖石油化学は、いまもアシアナ航空の株式を11.98%保有する第2位株主でもある。

 朴賛求氏は、4月17日付の「毎日経済新聞」のインタビューで、アシアナ航空を買収する新しいオーナーに協力する姿勢を示した。

韓国財閥、兄弟間継承は大難題

 韓国財閥では、「子供たちへの継承」は簡単な問題ではない。

 サムスングループも、創業者である李秉竽(イ・ビョンチョル)氏が、一度は長男を後継者にしたが、その後、問題が生じて結局、三男である李健熙(イ・ゴンヒ=1942年生)氏が後継者となった。

 長男と李健熙氏は、長男の死去直前に激しく争い、最後まで不仲だった。

 ロッテグループの兄弟間での対立は現在も進行中だ。

 現代グループも創業者の後継者争いで、子供たちが対立し、自動車、流通、重工業、金融など主力事業がばらばらになってしまった。

 斗山グループも、「兄弟間の順送り継承」のはずだった。初代会長には五男があり、協力し合いながら順番に会長になる「取り決め」だった。

 ところが次男が、三男に譲ることに抵抗した。

 兄から見れば弟たちは頼りない。「順送り人事」は家族内の約束でしかない。実力がある自分が、と突っぱねたが、兄弟間の大紛争になってしまった。

 この間、次男は、三男と五男に不正行為があるとして告発するなど、事態は泥沼化した。結局、次男は兄弟間の争いに負けて会社を離れ、個人事業を始めたがうまくいかず、2009年に自宅で自殺する悲劇が起きた。

小さな家族経営だったころの約束

 歴史にIF(もし)はない。だが、もし朴三求氏が、2009年に65歳を迎えた際に2人の兄と同じように弟に経営権を譲ることを決めていたら、堅実派の朴賛求氏の意見を入れて大型買収に踏み切らず、今の危機はなかったかもしれない。

 逆に、「65歳で譲らなくてもすむように、大きな実績を残したい」という意識が働いて無謀な買収劇に乗り出したのかもしれない。

 いずれにしても、「兄弟での順送り」は、あくまで家族内での話だ。

 事業が大きくなり、株式も公開した段階で、創業してまもなく小さな家族経営だった頃の「約束」を守らなければならないというのも、おかしな話ではある。

アシアナ航空はどうなるのか?

 錦湖アシアナグループは、今後どうなるのか?

 韓国メディアは、錦湖アシアナグループの中核企業である建設会社、錦湖産業が保有するアシアナ航空や関連会社株の売却価格は1兆ウォン程度と見ている。

 SKグループやCJグループ、ハンファグループなどが関心を示していると報じているが、果たして簡単に決まるのか?

 買収額は1兆ウォンだとしても取得できるのはアシアナ航空の33.47%の株式だけだ。さらにアシアナ航空が抱える3兆ウォンを超える負債の処理がどうなるか不透明だ。

 アシアナ航空が、買収者相手に増資をするとの報道もあるが、そうなると負担額は1兆ウォンを軽く超えてしまう。

 アシアナ航空の売却を決めるまでの過程では、国策銀行のKDB産業銀行が主導的な役割を果たした。

 韓国の財閥は、経営が悪化するとKDBに支援を要請する。

 KDBは銀行管理下に置いて負債を調整して再びもとのオーナーに経営権を戻すか、別の財閥に売却すことを繰り返してきた。

 今回、KDBはオーナーに経営権を戻すことは考えていない。経営の失敗をこれ以上国策銀行が処理するのでは、世論の反発を逃れられないからだ。

売却はすんなり進まない?

 原理原則に基づいた対応で錦湖アシアナグループとオーナー側に厳しい対応で望んだことは評価できる。

 だが、過去長い間、錦湖アシアナグループの経営をきちんと監視できず、結果的に巨額の負債を抱えてどうにもならない事態にしてしまった点に、KDBの責任がないとは言えない。

 他の財閥に売却できたとしても「結局、財閥が経営に失敗して他の財閥が大きくなるだけ。国策銀行の役割は何なのか」という声も避けられないだろう。

 SKなど他の財閥がすんなりと名乗りを上げるのかについても不透明だ。

 韓国にはすでにLCC(格安航空会社)が6社あり、さらに3社が免許を取得した。9社のLCCと大韓航空がひしめく航空業界で、巨額の投資に見合うリターンか疑問だからだ。

 「メディアで名前が出ている財閥は本当に買収に乗り出すのか。買収金額の調整が難航するのは必至だ。朴三求氏は、売却は難しくまた自分に経営権が戻ってくると読んでいる可能性すらある」

 ある金融機関幹部はこうも話す。

 親子兄弟間で経営権を継承しながら成長を続ける。こんな「華麗なる一族」による成長モデルの有効期間が終わったことは、もう1つの航空会社、大韓航空を見ても明らかだ。

 だが、いざ経営危機に陥ると、どう対応すればいいのか。売却とは言ってもアシアナ航空経営正常化への道はまだクリアではない。

筆者:玉置 直司

原文リンク

本站帖子來源於互聯網,轉載不代表認可其真實性,亦不代表本站觀點!
關於本站| 官方微博| 私たちの関心網| よくある問題| 意見反饋|copyright 私たちの関心網