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「松井の5敬遠」の明徳投手が指導者に。あの日の続きが2打席あった

「とにかく、いつでもグラウンドがあるっていうのがうれしいですね」

 河野和洋は、そう言った。

 千葉県市原市、帝京平成大ちはら台キャンパスのグラウンド。新しく内野に張られた人工芝が美しい。河野はこの2月から、千葉県大学野球リーグに属するこの大学のコーチとなった。


今年2月に帝京平成大のコーチに就任した河野和洋氏

 コウノカズヒロ――その名を記憶している人も多いのではないか。1992年夏の甲子園。河野は、明徳義塾(高知)の投手として石川の星稜と対戦した。試合は、3対2で明徳が勝利するが、怪物・松井秀喜(元ヤンキースなど)は5打席すべて、一塁に歩かされた。そう、これがいわゆる”松井の5打席連続敬遠”で、河野はその当事者というわけである。

 河野はその後、専修大を経て社会人のヤマハで2年間、アメリカの独立リーグでもつごう6年間野手としてプレーした。

 帰国後は、クラブチームの千葉熱血MAKINGの選手兼監督として、2015年にはクラブ選手権のベスト4まで進出している。2016年に引退後は、「それまでずっと野球ばかりだったんで、いろんな人と会ったり、さまざまな飲み会に参加しながら、人脈を広げる日々でした。明徳のOB会にも出ましたし、馬淵(史郎/明徳義塾監督)さんとも何度もお会いしましたね。修行と言える時期でした」。

 そして昨年12月、プロ野球経験者が学生野球の指導者になるための資格回復研修会を受講。従来、海外プロ野球経験者は対象外だったが、昨年から受講可能となったのだ。そして今年2月には、正式に資格を回復。現在は千葉リーグ2部で、野球部強化に本腰を入れたい帝京平成大から招聘された。

「クラブチーム時代は、とにかくグラウンドの確保が大変だったんです。朝の5時から並んだり、あちこちの自治体に登録して抽選を申し込んだり。ですから、そこに行けばいつでもグラウンドがある、というのはすごくありがたいんですよ」

 そう話す河野には、かつて何度も5敬遠の話を聞いたことがある。取材メモをあらためて見てみた。

「『こらあかん』と思いましたよ。星稜と長岡向陵(新潟)、勝った方がウチと当たるので、その試合をレフトスタンドで見ていたんです。初回いきなり松井に回り、カーンと音がしたと思ったら速すぎて打球が見えないんです。『あれ、どこ行った?』と思ったら、そのホームラン性のライナーをライトがつかんでいました。馬淵さんも『あれはバケモン』と言うし、星稜戦の先発を告げられたときには、『松井はもう、相手にせえへんから』と。

 結局、試合では5打席ストライクなしの20球、全部ストレートです。ヘタに変化球を投げて引っかかったら、ストライクゾーンに行きかねませんから。自分が145キロでも投げられれば勝負もしたかったでしょうが、背番号8でわかるように本職のピッチャーじゃないし、プライドも何もない(笑)」

 だが、この試合は社会問題化し、勝った明徳はすっかり悪者になった。宿舎には嫌がらせや抗議の電話が殺到。選手や監督は宿舎から出られず、練習の行き帰りはパトカーが付き添う始末だ。そういう状態では、平常心で野球ができるわけもなく、明徳は次戦で敗退してしまう。

「ただね……負けたあとのミーティングで、馬淵さんが号泣したんですよ。聞き取れたのは、『オマエらは悪うない、オマエらはよくやった』という言葉くらい。でも、当時はいくら批判されたとしても、そういう人ですから、僕らは信頼してついていったんですよ」

 だからこそ、”修行”の期間にも頻繁に恩師の馬淵と会っていたのだ。

 おもしろい後日談も聞いた。後年、すでに引退していた松井と、テレビ番組の企画で対談した。1打席だけ対戦したが、その時もフルカウントからフォアボール。もう1打席、オンエアされなかった対戦でもフォアボールで、

「だから松井に対しては、7打席すべて、ですね(笑)」。

 さて、帝京平成大での河野コーチである。同大は1990年春に千葉県大学野球リーグに加盟し(当時は帝京科学技術大)、99年春には3部から2部に昇格した。その後3部降格もあったが、15年秋からは2部に定着し、最高成績は2位。だからまずは2部優勝、そして国際武道大などが属する1部への昇格が当面の目標になる。

「4学年で120人もいるから、いまは名前を覚えながら勉強しているところです。千葉リーグの2部で、甲子園経験者などほぼいませんから、レベル的にはまだまだこれから。ですが、選手の顔つきが変わってきた気はしますね」

 専修大時代は2部も含めて通算111安打、21本塁打。さらにヤマハ時代は都市対抗に出場した実績と、米独立リーグで長くプレーしてきた目は確かだ。

「アメリカの選手たちは、一見個性だけでやっているように見えますが、じつは打ち方ひとつとっても理にかなっている。ゆくゆくは、それを教え込んで本当のスラッガーを育てたいし、千葉の大学でトップになることが目標です。また、将来的には高校の指導もできますから、そこで甲子園に出て、馬淵さんと対戦できたらおもしろいですね」

 もしそうなったら……たしかに、おもしろい。

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