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90年続く「つばめグリル」に客が絶えないワケ


「つばめグリル」で圧倒的人気を誇る看板商品の「ハンブルグステーキ」(撮影:今井 康一)

パンパンに膨らんだアルミホイルにナイフを入れると、中から湯気とともに熱々のハンバーグが現れる――。ハンバーグは大人になっても、前にするとなぜか胸が弾む食べ物のひとつだろう。

そんなハンバーグが看板メニューとなっている老舗洋食店が「つばめグリル」だ。同店を運営するつばめは目下、関東1都2県に20店のレストランと、4店の総菜店を展開している。その歴史は古く、2020年には90周年を迎えるというから、東京を代表する老舗洋食店企業と呼んでも間違いではないだろう。

ハンバーグに特化したのは1970年代後半

巨大飲食チェーンが幅をきかせる中、20店というのは小規模に聞こえるかもしれない。が、同社は、品川や恵比寿などターミナル駅の駅ビルなどのほか、昨年9月末オープンした日本橋高島屋S.C.といった話題の施設に店舗を構えている。約90年の老舗企業でありながら、外食業界の「第一線」で活躍できる理由はどこにあるのだろうか。

同社の創業は、1930年にさかのぼる。現在のつばめグリルは、ハンバーグやソーセージなどドイツ料理の要素を多く取り入れたメニュー構成となっているが、食堂だった当時は日本料理や中華料理もメニューにあったようだ。ちなみに、「つばめ」という名前は、特急つばめ号にちなんでいる。

それが、洋食に変わっていったのは、戦後引き揚げてきた満州鉄道の料理人たちを、知り合いを通じて、初代が雇用するようになって以降。彼らのレパートリーをメニューに増やしていったところ、徐々に洋食の色が濃くなっていき、1970年代後半には、ハンバーグに特化するようになった。

つばめグリルの看板メニューである「つばめ風ハンブルグステーキ」が誕生したのは、1974年だ。「もともと魚や肉などを包んで蒸し焼きにするパピヨット料理をヒントに、当時の主力商品だったビーフシチューとハンブルグステーキを組み合わせて、包み焼きにしたのが始まり」と、同社の石倉知忠副社長は話す。「アルミホイルで包まれたままお客様に提供するという演出が受けたこともあり、発売後3カ月で1番の人気商品になった」。


1970年代後半からハンバーグに特化するようになった(撮影:今井 康一)

つばめグリルが今も人気を得ている理由の1つには、味へのこだわりが挙げられる。同レストランでは、月間17万食のハンバーグを提供している(総菜を入れると20万食)が、ハンバーグのパテはセントラルキッチンで作るのではなく、各店舗で肉をひき、一つひとつ手で成形している。また、一度挽いた肉は、一定時間経過したら廃棄するというこだわりようだ。

「肉は引いた瞬間から、どんどん酸化が進んでしまうので、各店舗でひくようにしている。一方、ソースに使っているビーフシチューは、いっぺんに大量に作ったほうが、味がよくなるので、セントラルキッチンで作って各店舗に配送している」(石倉副社長)

国産食材へのこだわりも強い。つばめを訪れたことがある人は知っているかもしれないが、店頭にはその日使われている肉の産地と生産者の名前が書かれている。


ハンバーグと並んで人気の「トマトサラダ」(撮影:今井 康一)

「フランスのレストラン関係者から『フランスのレストランではフランスの食材を使っているので、海外から来たお客さんのお金が国内に落ちるという仕組みができているのに、日本は違う』と指摘されたことがある」と石倉副社長は言う。「ならばつばめは今まで続けてきた事を継続しよう、と。つばめには国内の生産者とつながっている強みがあり、(デベロッパーなどが)日本というブランドをどう売っていくかという課題と向き合ったときにつばめに出店オファーをしようという話になるのかもしれない」。

「つばめグリル」を訪れる4つのタイミング

つばめグリルが今も支持を得ているもう1つの理由は、出店戦略にある。現在、つばめグリルをはじめ、つばめの直営店の大半が、駅ビル、または駅に近い商業施設に入居している。そのほとんどが2000年に入ってからの出店だ。ちょうどこの頃から、JRの駅ビルの中に路面店を誘致する動きが加速し、出店の要請が続いたのに応えているうちに店舗の数が増えていった。

同社はもとより、「小さい頃、学生時代のデート、子どもができたとき、孫ができたときと人生において3、4回は訪れる機会があるレストラン」(石倉副社長)と、幅広い年齢層から支持を得ているが、近年は外食市場も大きく変わっている。ハンバーグはかつて家で食べるものだったが、世帯における人数が減ったことなどもあって徐々に外食や総菜需要が増えている。


創業4代目の石倉副社長(撮影:今井 康一)

とりわけ個食傾向が強まる中、駅ナカ・駅ビル飲食店の需要は底堅い。「以前は働いている30代くらいの女性が中心だったが、最近は年代の高い1人客が増えてきている。夜1人で出歩くことに抵抗感がある人もいるが、駅ビルなら安心感もある」(石倉副社長)という。

基本はデベロッパーからの要請を受けて出店する計画で、今年は都内に1店舗、来年は横浜に1店舗を出す予定だが、年間の出店数など目標は掲げていない。「東京の中でのブランドを確立したい」(石倉副社長)という思いがあるほか、「東京から遠いエリアにお店を出すと、その地域にもセントラルキッチンを新設しなくはいけなくなるので、投資がかさんでしまい、結果的に経営の自由度が下がってしまう」からだ。

また、現状つばめグリルの客単価は昼が1300円で、夜が2000円。損益分岐ラインを考えると、1日400人程度の来店を目指したいとしている。その規模のつ集客が見込める地域となると、「複数線が乗り入れる、乗降客数が多いターミナル駅」(石倉副社長)の中や近辺に限られてくるという事情もある。

とはいえ、こうした乗降客数の多い駅は限られる。実際、品川には総菜店を含めて3店舗、東京駅・日本橋駅界隈には4店舗を構えている。そこで、それぞれのエリアでは、通常のつばめグリルとは多少異なる業態の店を出している。

新しい業態は経験値アップにつながる

例えば、昨年出店した日本橋高島屋では、「GRILL 1930」という肉のやわからさにこだわった店を展開。通常のつばめグリルでは、牛豚合いびき肉を使っているが、同店では牛肉のみでハンバーグを作っているほか、デミグラスソースにみそを加えるなど、和食の要素を多く取り入れ、箸で楽しめる洋食を提供している。これは高齢女性が多いという日本橋高島屋の客層を考慮してのことでもある。同じく界隈につばめグリルがある銀座には、「つばめや 和牛グリル」というステーキの店舗を出している。


つばめグリル品川駅前店は、路面店だ(撮影:今井 康一)

つばめが、業態に幅を持たせる理由はもう1つある。石倉副社長は言う。

「やはり、100年以上続くブランドを作るとなると、過去のいろいろな経験が重要になると考えている。さまざまな経験の蓄積がないまま、いざ何か大きな変化が起きたとき、適切な対処をするのは難しい。既存のフォーマットどおりの店を作るだけではなく、新しい要素持った店づくりにチャレンジするのも、経験値を上げるのに役立つと考えているので、今後も必要に応じて続けていくつもりだ」

業績自体は開示していないが、石倉副社長によると、現在売上高は連結で約60億円で、「ある程度の最終利益は毎期確保したい」としている。業績自体はリーマンショックや震災後に落ち込んだが、その後は徐々に回復してきており、「現在は2007年の水準まで戻ってきている」。

今後も「東京の中で60億円の規模を維持していく」というから、けっして高望みではない。背伸びをしすぎず、目の届く範囲で顧客が求めるものをしっかり提供する。それこそが、老舗洋食店が激変する東京の外食産業で生き残っていられる理由なのではないだろうか。

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