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【御田寺圭】なぜ「小室圭さんは、いくら叩いても構わない」風潮が生まれたのか 誰も気づかない「男尊女卑」の深層心理

なぜ「小室圭さんは、いくら叩いても構わない」風潮が生まれたのか

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国民の心証を損ねたから?

2018年10月に皇室を離れ、日本郵船社員の守谷慧さんとご結婚された高円宮家の三女絢子さま。お二人のご結婚に際し、一時金として1億675万円が支給された。これは「元皇族としての品位を保つため」に国から支給されるもので、1億675万円は現行法における上限額である。

世間ではお二人のご結婚を祝う声が多く聞かれたが、本音と建前が交錯するインターネットでは、そうした祝賀ムードとはまるで異なる声も漏れ聞こえた。たとえば大手ニュースサイトのコメント欄では、こんな具合だ。

〈いままではスルーしていたけど、小室ナンタラの登場でこの制度にも疑問を持つようになった〉

〈守谷さんの収入があればこの一時金は必要でないであろうが、問題のもう一組の相手は明らかにこのお金目当て。あっという間に遊興費で消えてしまう〉

(Yahoo!ニュース「絢子さまに一時金1億675万円=守谷さんと結婚で―皇室経済会議(時事通信)」コメント欄より引用。該当ページは削除済み:https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181011-00000048-jij-soci)

「小室ナンタラ」「問題のもう一方」とは、言うまでもなく、小室圭さんのことである。

秋篠宮眞子内親王の(事実上の)婚約者である小室圭さんに対する批判やバッシングは、とくにワイドショー、週刊誌、一部のネットメディアやSNSを中心に苛烈を極めている。

「甲斐性がない」「親がなんかヤバそう」「会社をすぐ辞めて実質ニート」……大手メディアはそこまで書くことはほとんどないが、しかし彼の名をネットで検索すればそうした罵詈雑言が書かれた記事はすぐに見つかる。私にこの連載の仕事を与えてくれている講談社の雑誌でさえ、どちらかといえば、小室さんに批判的な立場の記事を掲載することが多い。

皇室の専門家や記者ではない私には、どこまで事実なのかわからないが、小室さんの母親に借金があることや、その肩代わりを皇室に要求するかのような言動があったとの報道も、小室さんに対する国民の心証をずいぶんと損ねているようだ。

たしかに小室さんは、女性皇族の結婚相手としては、他の方々よりも見劣りがするのかもしれない。由緒ある家柄の出身でもなければ、確固たる経済的基盤を持っているわけでもない。せっかく就職したメガバンクも早々に辞めてしまうなど、なんとなく「大丈夫なのか」と思わせるような、頼りなさげなところがあるのかもしれない。

私たちはメディアの報道をもとに、(大半の人は彼に直接会ったことなどないにもかかわらず)小室さんに対してこうした予断を抱き、「女性皇族の結婚相手として、彼はふさわしくないのではないか」という空気を生み出すことに加担しているのではないだろうか。最近のことばでいえば「ネットいじめ」に近いのではないかとすら感じる。

――私はあえて、こうした世間の「小室さんバッシング」の風潮に対して、あまりにも無責任ではないか、と言いたい。

そもそも、なぜ小室さんは「甲斐性をもっているべき」「社会的信用を築いているべき」「安定した職に就いているべき」「借金を抱えているなんて、もってのほか」など、諸々の点で「ちゃんとしているべき」と言われているのだろうか。こうした意見からは、「男として甲斐性がある」ことが「人としてちゃんとしている」こととイコールで結ばれるという、日本社会における暗黙の了解が感じられる。

性役割の押し付けや性差別の問題がこれほど大きな社会的関心を集めているにもかかわらず、こと小室さんに対してはそのルールが「適用外」とされているような現状を見ると、「少なくとも現時点では、この国で真の意味での『男女平等』など達成不可能なのではないか」という気がしてしまう。

世間一般どころか、この国の政治的・精神的・文化的象徴たる皇室でさえも、内心では「ちゃんとしていない男に、異性とパートナーシップを形成する資格などない」と考えているように見えることが、小室さんの存在によって浮き彫りになったのだ。

根深い「男尊女卑」のあらわれ

「これからは多様性の時代だ」とか「男女平等の時代だ」といったスローガンを貫徹するのであれば、これまで皇族方を妻として迎えた男性たちが持ちあわせていたような「経済的・社会的基盤」や「男としての甲斐性」をもたない小室さんのような人物であっても、ご本人たちが望むならば皇族と結婚できるべきだろう。祝福されこそすれ、ことさら反対されたり批判されたりする理由はないはずだ。

しかし、現状はそうなっていない。そこから透けて見えるのは、ひとことで言えば、「甲斐性のない男性は包摂しない」という、私たちの社会が抱える本音ではないだろうか。

「甲斐性のない男性は包摂しない」という暗黙の社会的合意が消えないかぎり、多くの男性は苛烈な競争に身を投じ続け、学校や会社などで他人を蹴落としてでも優位に立とうとするだろうし、また多くの女性は、そうして勝利の果実を得た男性をより積極的に選好することをやめられないだろう。

男女問わず、多くの人が選んだ均衡として「男女不平等」な社会が実現してしまうのだ。

執拗な小室さんへのバッシング、彼の「弱さ」やある種の「至らなさ」を「人として治しようのない欠陥」であるかのように批判するさまは、この社会全体が「男尊女卑」を強固に内面化していることの証左であるように思える。

つまり、こういうことだ。日本社会に蔓延する「男尊女卑」の問題の根源には「男性が女性を不当に抑圧している」というよりもむしろ、男女どちらもが「強くて頼りがいのある男性を選好し、また同時に弱い男性をさげすむ」という風潮が潜んでいるーー。

小室さんだけが「例外」なのか?

小室さんのような「(これまで皇室の女性を妻として迎えてきた『強くて頼りがいのある男性たち』に比べれば)何者でもない男性」を、国の象徴たる皇族が認めないようでは、一般の男性たちはますます「(社会的・経済的に)マッチョでないと受け入れてもらえない」という信念を強めるだろうし、また女性たちは「ショボい男に価値はない」という認識をあらたにするだろう。

小室さんやその関係者の言動に対して苛烈なバッシングがなされる様子を見るたびに、「この国ではそもそも、ほとんどの人が『男女平等』など本心では望んではいないのではないか?」と思わざるをえない。

〈多くの報道において借金トラブルが残っているとされていますが、このような経緯ですから母も私も元婚約者の方からの支援については解決済みの事柄であると理解してまいりました。そのため、平成29年12月から元婚約者の方のコメントだとされるものが連日報道される事態となり、私も母もたいへん困惑いたしました〉(小室さんが1月22日に発表した文書より)

しかしこう書くと、「それとこれとは話が別」という反論が必ず出てくるはずだ。つまり、小室さんが歓迎されていないのは男として甲斐性がないからでも、本人の資質のせいでもなく、家庭の抱える金銭問題があまりに大きいため、皇室全体のリスクになりかねないからだ――という反論だ。

こうした言説にも、正直なところ私はあまり納得がいかない。

家庭の事情から子どもが社会的・経済的に不利な状況におかれたり、いじめられたりするのは理不尽だ――などといつも気勢をあげている人びとはいったいどこへ行ったのか?

犯罪加害者の家族を「連帯責任」として糾弾する、世間の差別に憤っていた「リベラルな社会」のお題目はどこへ行ったのか?

小室さんにだけは、こうした原則も適用外なのだろうか?

「親の因果が子に報う」というような言い草は、許されないものではなかったのか?

小室さんが社会的・経済的に厳しい状況におかれている理由は、彼自身の資質によるものもあるかもしれないが、それが100%であるとはとても思えない。明らかに家庭の影響が大きいだろう。

「出自や家庭環境など、本人の努力でどうにもならないことで、人は差別されてはならない」という信念を持つはずの「リベラルな社会」の原理原則は、いったいどこへ行ったのか。彼に投げられる礫(つぶて)を、いまこそ止めに走るべきではないのか。彼の楯になってやるべきではないのか。

「弱い男たち」の写し鏡

私は、小室さんがこの状況から「一発逆転」を決める唯一にして最高の方法を提案したい。それは、クラウドファンディングを行うことである。

もし小室さんがクラウドファンディングを呼びかければ、彼の家庭が抱えているという400万円の借金を返済するためのお金など、一瞬で集まるだろう。

私としては小室さんに、このクラウドファンディングで得た資金によって、400万円の借金を耳を揃えて返済し、晴れがましい表情で参内していただきたい。これまで女性皇族を妻に迎えてきた男性たちとくらべて、圧倒的に「普通」の小室さんだからこそ、それを達成してもらいたい。

これは、「愛に出自は関係ない」とか「家族の事情で人の可能性が狭まるなんて、時代遅れ」と普段は自信満々で謳いながら、いざ実際に「イマイチな人」が目の前に現れると、手のひらを猛スピードで返す世間に対する反逆となるからだ。

けっしてバカにしているわけでも、茶化しているわけでもない。真剣にそう思うのだ。

「400万円の借金があって、すぐには返す余裕がない」「仕事も稼ぎもイマイチで、将来の見通しが立ちづらい」「家庭にちょっとした事情を抱えている」――。一般的には珍しくもなんともない話だ。それなのに小室さんだけが、これらの理由で全国民・全マスコミからおもちゃにされた挙句、「ショボい男はお断り」と爪弾きにされる。

小室さんには、普段は良識あるふりをして、小室さんに対してだけ「糾弾されるのももっともだ、こんな奴は皇族の夫にふさわしくない」と訳知り顔でうなずく人々の鼻をあかしてほしい。

小室さんという、「ふつうの家系で、家族がちょっとした問題を抱えていて、お金もステータスも持っているわけではないし、上流の男性に比べたらスペックも将来性もいまひとつ」な男性――それは世間の「弱い男たち」の写し鏡でもある。

彼のような存在を全力で排除せんとする社会が望んでいる「男女平等」や「格差是正」とは、いったい何なのか。結局、「男は経済的にも社会的にも強くあるべき」で、「家柄や出自や家庭環境や職業がちゃんとしていなければ、他人にパートナーシップを求めることはふさわしくない」と大合唱しているようなものではないか。

「借金400万円返済クラファン計画」は、この社会が目を背け続けている矛盾を白日のもとに晒す反撃の狼煙となる。都合のいい時だけ、自由だ平等だ、性別も出自も家庭環境も関係ないと言う世の中の「二枚舌」を引っこ抜くのだ。

「現代ビジネス」は、世の多くの媒体が「小室叩き」に寄りがちであるにもかかわらず、炎上覚悟でこの主張を取り上げてくれた。敬意と謝意を表すとともに、厚かましくも願わくは、どうかこの文章がぜひ小室圭さんに届きますように。

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