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「ベッキー結婚」でさえ酷評する人の深い闇


「誰もが当てはまる現代人の落とし穴」が見え隠れします(写真:時事通信フォト)

2月13日、タレントのベッキーさん(34歳)が、プロ野球ジャイアンツ・片岡治大ファーム内野守備走塁コーチ(35歳)との結婚を発表。自身のインスタグラムに「私事ではありますが、先日、読売巨人軍内野守備走塁コーチの片岡治大さんと結婚いたしました。これからも、感謝の気持ちを忘れず、ゆっくりと、しっかりと歩んでいきます。今後ともどうぞよろしくお願いいたします」とコメントしました。

ベッキーさんのインスタグラムや、結婚を報じる記事へのコメント欄には、「おめでとう!」「今度こそ幸せになって」などと祝福の声が飛び交っています。

振り返ること約3年前の2016年1月、「ゲスの極み乙女。」の川谷絵音さん(30歳)との不倫騒動がありました。謝罪会見でのウソや『週刊文春』によるLINE流出もあって、世間のムードは批判一色。「だますなんて許せない」「今すぐ引退しろ!」「二度と顔を見せるな」などの厳しい声が殺到し、ベッキーさんはレギュラー番組やCMを降板し、芸能活動休業を余儀なくされました。

その後も復活の兆しを見せないまま、3年が経過しての結婚発表だったのです。しかし、ベッキーさんの結婚に関する祝福コメントに、温かいものは感じません。むしろ、「たたきまくった分の埋め合わせ」をするような薄ら寒いものを感じてしまうのです。

3年間にわたる批判と今回の祝福。ベッキーさんに浴びせられたコメントの落差は、「手のひら返し」という軽いイメージではなく、さながら「天使と悪魔」のように感じてしまいます。なぜ普通の生活を送っている一般の人々が、まるで2重人格のようなコメントを他人に浴びせてしまうのでしょうか。

その理由は、よく言われる「無責任だから」「ストレス発散のために」「想像力に欠けるから」ではなく、誰にでも当てはまる落とし穴が潜んでいるのです。

嵐「無責任質問」でも見られた手のひら返し

まず「手のひら返し」のエピソードで記憶に新しいのは、1月27日に開かれた嵐の会見における「無責任質問」。活動休止や会見の内容以上に反響を呼んだのは、ある記者の「『お疲れ様でした』という声もある一方で、『無責任』という指摘もあると思う」という発言でした。

ネットニュースやテレビのワイドショーでフィーチャーされたこともあって、記者への批判が過熱。記者の実名が特定されて吊るし上げの状態となり、あまりの断罪ぶりに業界内では「しばらく仕事ができないのではないか」とすら言われました。

しかし、前回「嵐に『結婚』『SMAP』『滝沢』を聞かない不思議」(2019年1月29日配信)というコラムの中で記者の意図や他記者の忖度を挙げましたが、「直撃LIVE グッディ!」(フジテレビ系)でもコメンテーターの伊藤洋一さんが「あの質問は必要だった」と語り、「東京スポーツ」が「涙を流してツイッターで抗議した日本テレビの青木源太アナこそ責任放棄」と報じたことで、世間の様相は一変。現在では「会見で聞きにくいことに切り込むのが記者の仕事」「あの質問で嵐のよさが引き出されてよかった」という声が大勢を占めています。

この騒動では、ワイドショーのMCやコメンテーターたちも、こぞって記者を糾弾していましたが、世間のムードが変わってからはノーコメント。「手のひら返し」になることを恐れてなのか、発言の修正をしないところに無責任さが露呈しました。また、それらの人や番組に泳がされていることが、人々の「手のひら返し」や「天使と悪魔化」を加速させているとも言えるでしょう。

ただ、人々の「手のひら返し」や「天使と悪魔化」は、メディア報道のせいだけではありません。「誰もが当てはまる現代人ならではの落とし穴」があるのです。

自分より他人と向き合う思考と習慣

「誰もが当てはまる現代人ならではの落とし穴」の最たるものは、「他人と向き合う」という思考回路と生活習慣。

ネットの発達で、日々膨大な情報にふれるとともに、「自分ならこうする……」と考えたり発信したりすることが習慣化しました。例えば、ベッキーさんの不倫騒動では、「私なら絶対にしない」「私が妻の立場なら許せない」と思うからこそ、あそこまで批判がヒートアップしたのですが、これは「自分と向き合っている」「自分の人生を生きている」とは言えません。

恐ろしいのは、「自分の人生と向き合うよりも、他人の人生をのぞき見する」機会のほうが圧倒的に多く、それが日ごろの思考回路や生活習慣になっていること。ネットニュースでは有名人、SNSでは友人・知人の情報にふれることで、自分のことはおのずと後回しに……。批判だけでなく、称賛や応援などのポジティブなものも含め、どのコメントも「自分の心から湧き出た思い」ではなく、条件反射のような直感的な感情が多くなっていくのです。

さらに恐ろしいのは、その思考回路と生活習慣は、誰かと共有することで強固なものとなりやすく、ますます自分の人生から遠ざかってしまうこと。すると、「誰のために、何のために批判しているのか?」「本当にストレスを発散できているのか?」すら自分でわからなくなるほど感情がマヒしてしまいます。

実際、私の相談者さんにも、コンサルを進めていくと、「何でこんなに批判的になっていたのかわからない」という人が少なくありません。例えば、職場の人間関係に悩んでいた人は、「思っていたほど苦手というわけではなかった」「他人を自分と無理やり同一視して嫌っていたことがわかった」「自分と向き合うことで悩み解消につながった」ことに気付ければ悩みを軽減していくものです。

情報過多な時代だからこそ、自ら発信できる場がある環境だからこそ、現代人にとって大切なのは、「自分と向き合うことで心から湧き出る感情を大切にする」こと。「不倫=永久悪」「無責任というフレーズ=極悪記者」などの直感的な感情に陥らないためには、自分より先に他人とばかり向き合ってしまう思考回路と生活習慣をやめたほうがいいのです。

「骨髄バンクの問い合わせ50倍」の意義

他人よりも自分と向き合えている人の例を1つ挙げるとしたら、タイムリーなのは白血病であることを告白した競泳の池江璃花子選手(18歳)に対する応援。応援の声を上げるのは直感的な感情に近いものがありますが、「骨髄バンクへの問い合わせが50倍になった」というニュースは、まさに自分と向き合ったうえで行動を起こしている人のものでした。

「ひとごとのように応援の声を上げる」のも決して悪いことではありませんが、「自分事と思い心を込めた行動に移す」と比べると、その差は歴然。事実、ドナーとなった人には一定の負担が伴うだけに、直感的な行動ではなく、自分と向き合ったうえで「本当に応援したい」と思ったからこその行動である様子が伝わってきます。

ベッキーさんの不倫騒動に対する批判も同様。他人ではなく自分の人生と向き合っている人であれば、当事者間の問題である不倫にあれほどヒートアップする理由はないでしょう。自分の人生を生きていないから、「本当に向き合うべきことに目が向かない」「本当はどちらでもいいことばかり気になって批判してしまう」のです。

多くの情報にふれて他人と向き合っているだけでは、直感的な感情ばかりになり、無責任で偽善的なキャラクターになる一方。ビジネスパーソンとして見ても、「モラリスト風であるにもかかわらず論理的でない」という残念なキャラクターであり、チャンスに恵まれるとは思えません。

それ以上に深刻なのは、直感的な感情ばかりになると論理的な思考が失われて、幸せを実感できにくい人になっていくこと。視野が狭いこともあって、目の前の幸せすら次第に「当たり前のもの」と感じて喜びが浅くなるなど、寂しい人生になりがちなのです。

ドラマ「3年A組」の強烈なメッセージ

もう1つ、みなさんに紹介しておきたいのは、今最も話題を集めているドラマ「3年A組-今から皆さんは、人質です-」(日本テレビ系)。日曜22時30分からの遅い時間帯にも関わらず視聴率11.7%を記録した2月10日の放送では、象徴的なシーンがありました。

主人公の教師・柊一颯(菅田将暉)が生徒たちに、「目を覚ませ! 何がしょうがないんだよ。何を反省してるんだよ! お前ら、いい加減に目を覚ませ! 変わってくれよ! 何がいけなかったのか、うわべだけで物事を見ないで、よく考えるんだよ! 目の前で起こってるものをちゃんと目で受け止めて、頭にたたき込んで、胸に刻むんだよ!」

「お前たちはもう感情に任せてあやまちを犯せる歳じゃないんだよ。それが許される歳じゃないんだよ! 考えて! 考えて! 考えて! 答えを出すんだよ! だからもっと自分の言葉に! 自分の行動に! 責任を持てよ!」と強く訴えかけました。この熱気あふれるシーンに、「考えさせられた」「よく言ってくれた」などの称賛が集まったのです。

情報にまみれ、自分の人生と向き合わず、よくも悪くも、その矛先は他人。ベッキーさんへの「手のひら返し」や「天使と悪魔化」だけでなく、飲食店を中心とした「バイトテロ」「不適切動画」問題への過剰な批判なども含め、自分の人生と向き合っていない人が増えています。同シーンは17日(日)22時29分まで「TVer」でも見られるので、未視聴の人はチェックしてみてはいかがでしょうか。

しかし、ベッキーさんの結婚発表に対する反応には、さらに深い闇を感じさせるコメントが少なくありませんでした。

ベッキーさんの結婚を報じる記事や彼女のインスタグラムには、「需要ないから家庭に専念しろ」「これで浮気された妻の気持ちがわかるだろ」「不幸にした人を忘れるな」「“女の敵”というイメージは変わらない」などの厳しい声が見られました。しかも、その声に対する「いいね」の数が多かったのです。

昨年6月に片岡コーチとの交際を認めたときからベッキーさんは、「周囲の人々から応援してもらえるようにしっかり歩んでいきたい」と言っていました。プロ野球キャンプイン前の1月に婚姻届を提出し、ハネムーンや関係者への報告をきっちり済ませたうえでの発表という点にも、そんな姿勢が表れています。

また、「交際8カ月のスピード婚」と速すぎるかのような記事もありましたが、1万組以上の婚活コンサルをしてきた私の経験で言うと、30代中盤の独身男女としては、ごく平均的なタイミング。つまり、「応援してもらえなかった」としても、「批判されることはない」ものであるにもかかわらず、「まだまだ厳罰続行」の声が上がるのはなぜなのでしょうか。

これも答えは同じで、厳罰続行を求める人々は、やはり「自分の人生を生きていないから」であり、だから「他人の人生で溜飲を下げよう」としてしまうのです。「手のひら返し」や「天使と悪魔化」をする人より、「厳罰続行」を求める人のほうが、さらにそれが根深く、その状態から脱出できないのでしょう。

そもそも、「3年前の不倫騒動に厳罰続行を求める」というスタンスに生産性はゼロ。「自分の人生と向き合おうとしている」ビジネスパーソンとしては、「そんなことあったっけ?」「もう忘れちゃったよ」というスタンスのほうが「仕事がデキる」「気持ちのいい人」と思われることは間違いありません。

ネット上のコメントにも“言霊”が宿る

少し話を変えると、「カジサック」こと梶原雄太さん(38歳)と宇野常寛さん(40歳)の「イジリかイジメか」の問題に対するコメントもしかり。当事者間の問題であり、社会問題とまで飛躍するのは無理があるにもかかわらず、悪いと思ったほうをイジリ、イジメるようなコメントは「誰のためにもならない」ものだけに、賢明なビジネスパーソンは避けたいところです。

他人への直感的な批判を重ねるほど、自分の送りたい人生からは遠ざかってしまうもの。また、「批判はネット上だけ。普段はちゃんとしている」と思っていても、そのコメントには「発した言葉が魂に作用する」という“言霊”が宿っています。

リアルとネットで分けているつもりでも、自分は1人であり、感情はつながっています。「本当はどうでもいいこと」であるにもかかわらず、負の感情を自分の心身に蓄積しないためには、直感的な批判、安易な「手のひら返し」や「天使と悪魔化」、粘着質な「厳罰続行」は禁物なのです。

最後に余談ですが、ベッキーさんは4度、梶原雄太さんは2度、宇野常寛さんは2度、取材や出演で会って話したことがありますが、少なくともたたかれるような人格の持ち主ではありませんでした。当事者間の経緯や詳細はわかりませんが、とても批判をする気にはなれません。本来はこのように、「会ってみたらいい人だった」という性善説寄りのケースが多いだけに、直感的な批判はできるだけ控えたほうがいいでしょう。

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