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3度のがんを経験した48歳が語る「私が生き残れた理由」

【高山知朗さん】高山さんは闘病生活をブログ「オーシャンブリッジ高山のブログ」や、著書『治るという前提でがんになった 情報戦でがんに克つ』(幻冬舎)にもまとめている

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 三大疾病「がん・脳卒中・心筋梗塞」が急激に増える40〜50代。実際にそれらを発症しながら生還した人の話を聞き、病の実情と生き残る方法や気になる治療費など徹底取材した。

◆3度のがん経験者が語る「私が生き残れた理由」

 仕事も家庭も充実する40代。そんな日常に、突然がんの宣告が突き付けられたら――。ベンチャー企業を経営していた高山知朗さん(48歳)は40歳の時に脳腫瘍が発覚。その後、42歳で悪性リンパ腫を、46歳で急性骨髄性白血病を発病した3度のがん経験者だ。

「発覚の1年ほど前から、視野の歪みに悩まされていたんです。眼科医から『眼鏡を替えてみても治らないなら脳の検査を』と言われていたんですが、忙しさにかまけて放置してしまっていて……」

 そして海外出張中に意識を失い、脳にグレード3の腫瘍が見つかる。

「父も妹もがんで亡くしているのでおそらく遺伝もあったのと、仕事第一で働き詰めだったのでストレスも溜めていたんでしょうね」

 医師から「5年後の生存率は約25%」と宣告されるも、諦めることなく東京女子医大への入院を決めた高山さん。結果、脳の一部の切除によって視野の左下4分の1を失うも、手術は成功。

「治療費も公的医療保険が適用されたのと、がん保険にも入っていたので十数万円ほどで済みました」

 しかし、高山さんの悲劇は続く。

「復帰してまたバリバリ仕事をしていたら、ある日、のたうち回るほどの激痛が左足に走って。悪性リンパ腫が見つかりました」

 抗がん剤で完治するも、今度は薬の影響で急性骨髄性白血病を発病。さい帯血移植治療を経て現在に至る。壮絶な人生を送る高山さんに「なぜ、生き残れたと思いますか?」と、尋ねてみると――。

「私はどうすれば確実に生き残れるのかを徹底的に調べました。そのうえで私が選んだ東京女子医大は、日本で初めて『術中MRI』という最新設備を開発した病院だったんです。そしてなにより、手術や抗がん剤治療に耐えられたのは、私には幼い娘がいるので『絶対に娘が成人する姿を見届ける』という強い決意があったからだと思っています。自分の健康を優先するため会社も売却。今は家族第一で生きています」

 そう語る高山さんの笑顔には、生きる力がみなぎっていた。

《生還ヒストリー》
40歳 1度目のがん。脳腫瘍が発覚……術中MRIを備えた東京女子医大に入院。摘出手術に無事成功
42歳 2度目のがん。臀部に悪性リンパ腫を発症……7か月間に及ぶ抗がん剤治療によって、悪性リンパ腫を克服
45歳 治療の末、2つのがんから卒業……最初の発病から5年が経過し、2つのがんは無事に完治
46歳 3度目のがんである骨髄性白血病が発覚……抗がん剤治療の影響による2次がん。さい帯血移植治療を受ける
48歳 現在……治療費300万円 ※3回の合計

【生還の極意】
生きる強い意志で、徹底的に治療法を調べて選んだ

取材・文/週刊SPA!編集部
※週刊SPA!1月22日発売号「[早死にしない]生き方」特集より

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