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土曜昼の衝撃! NHK「バラエティ生活笑百科」の全然笑えない中身 ホモネタにアジア愛人ネタも…

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3、4年ぶりだろうか。土曜の昼間に家にいて、朝に見逃した「まんぷく」を見ようとNHKにチャンネルを合わせた。

飛び込んで来たのは「四角い仁鶴がまぁるくおさめまっせ〜」との言葉と「バラエティ生活笑百科」(以下、笑百科)のタイトル映像だ。

「笑百科」は身近な法律トラブルを漫才師たちが自分のプライベートをちりばめながら、漫才にしていく。それに対して「相談員」が面白く解決策を出した上で「訴えられる」「訴えられない」等の見解を示し、最終的に弁護士が相談内容を簡潔に対して答えを出す、という、土曜日昼の人気番組である。

バブル景気が到来する前年1985年に始まった同番組は、初代室長を西川きよしが務めたものの翌年の参議院出馬で降板、二代目の笑福亭仁鶴で人気は不動となり、初回から28年半「相談員」を務めた上沼恵美子の「大阪城に住んでいる」「琵琶湖はうちの池」といった発言や、オール阪神・巨人他多才なレギュラー陣の巧みな話術も魅力となり、現在まで33年間続く人気長寿番組となっている。「行列のできる法律相談所」等法律相談番組のさきがけともなったことは有名である。

2017年からは高齢となった仁鶴の代役を桂南光が担当しているが、2018年11月3日の回は一つ目の相談が「女と男」(注:コンビ名)の漫才で「返しすぎた借金」、二つ目は中田カウス・ボタンの漫才「家賃の減額」だった(http://www.nhk.or.jp/shouhyakka-blog/308443.html)。

「不細工ネタ」は誰のため?

パソコンを叩きながら、耳だけを流れるテレビ番組に合わせていたので、一つ目の相談「女と男」の漫才は最初そう真剣に聞いていなかった。ただ、女性芸人が登場する時にありがちな「不細工ネタ」をまたやっているな、というくらいだった。私にはどこが面白いのかわからないし、不快に思う人もいるのではないだろうか、とも。

漫才師たちに対して「笑百科」は過酷なオーダーを出す。

まず、相談をストーリー仕立てにして、わかりやすく説明しなければならない。加えて「笑わせ」なければならないのだ。それはかなり難しい。法律相談になる内容は基本的には「争いごと」だ。笑える要素は少ないのだ。

それでは番組は成り立たない。笑いを起こすために手っ取り早いのは「自虐ネタ」なのだろう。

普段テレビを観ないので「女と男」を観るのも初めてだったが、中堅どころの漫才師でもそこに逃げ込まなければならないのは、きわめて厳しい世界だ。そもそもこのスクリプトは彼らが書いたものではないのだろう。

本当はもっと笑わせられる技術はあるのかもしれないが、視聴層である年代が慣れた「笑いのツボ」を考えれば、容姿や「もてるもてない」ネタで笑いをとっていくのは「無難」なことなのかもしれない。

顔を上げて、テレビ画面を見ると会場の人々の顔が映る。そう笑っていない。テレビの視聴者も重ねられた効果音につられているだけかもしれない。

そうなると、一体誰のための「ネタ」で「笑い」なんだろうか。

「ホモネタ」「アジア愛人ネタ」は必要か

「本日二つ目の相談」で中田カウス・ボタンが登場。中田ボタンの義弟のカメラマンの相談という設定で繰り広げられた漫才が始まって、思わず耳を疑った。初っぱなから「『日本人の奥さん』の……」とやたら「日本人」が強調されるのだ。

カウスが会話の中に臭わすのは、ボタンには複数の妻がいる、ということだ。
そのうちの「日本人の奥さん」の弟の家に、ボタンは愛人を呼び込んでいる、という不道徳もカウスは攻める。

そもそもの相談は、義弟はカメラの機材や資料を置くためにマンションに部屋を借りているが、1年前の大雨で雨漏り。その時に家主に修理をしてもらったが、心配だったので、そこには機材を置かずソファーを置くようにした。

ところが一年後、また雨漏りして、ソファーがびしょびしょになった。修理が不十分だったし、去年の雨漏りから安心して機材がおける場所が限られて部屋の使い方が制限されているので、さかのぼって家賃を減額してほしいという内容だったのだが、ボタンが「なるほど(愛人の)ハンドバッグの底が濡れていたわけだ」といったオチで終わる。

問題はそこに至るまでに、愛人ネタとして「女はいない、じゃあ男か」と言われて急に女言葉で話し始めるいわゆる「ホモネタ」、そしてボタンに対し執拗に海外に行っていることを追及し、結果、「韓国に行っている」こと、そしてそこには男の子がいて、「アボジ(父)」と呼ばれていると言わせるのである。

つまり、日本で結婚しているが、海外にも家庭があることを笑いの「ネタ」として仕込んでいるのである。女性の人権の軽んじられ方も半端ではない。

言うまでもないが、これはボタン氏の実際の私生活云々の話ではない。あくまで、漫才を通して語られる「フィクション」が「笑う」という行為を通じて、承認されていくのだ。

「笑い」の共有で承認される差別

会場の客とともに、また視聴者とともに「笑う」瞬間を共有することは、その内容を暗に「認めさせる」という行為でもある。

本来そこにある深刻な社会問題すら問われることなく、2018年に至っても、「ホモネタ」「アジアでの愛人ネタ」が堂々と「土曜日の昼間」に流されている。いや「土曜日の昼間」だからこそ、なのかもしれない。

つまり、こうしたことに敏感な層は週末の昼間にこの番組にチャンネルを合わせている確率はそう高くなく、気付かれないまま今日に至っているのかもしれない。

もちろん、放送内容や番組方針に口を出すつもりはさらさらない。今日のような内容は「たまたま」であると信じたいが、11月3日の内容は酷過ぎた。

たとえ「ネタ」であっても、相談内容とは全く関係ないし、言う必要性もない内容を「バラエティ笑百科」で、NHKで流す必然性を教えてほしいとも思う。

少なくとも「相談内容」を漫才にする時には、構成作家がいるであろうし、当然ながらプロデューサー等も中身をチェックするだろう。そこをすり抜けていることに、心底衝撃を受ける。

そう感じたのは私だけではない。フェイスブックで全く同様の記載をしている人がいた。

この番組の内容を多くの人々と共有したいが、なぜか「バラエティ笑百科」はオンデマンドの「見逃し」等で視聴することができない。以前は可能だったというそうだが、なぜなのだろうか。

医学部不正入試にも繋がる問題

LGBTの議論が盛んとなり、多様性を尊重する流れとなっている。

と言っても、杉田水脈衆議院議員の発言によって巻き起こった議論にも象徴されるように、十分な知識や現状認識が国民の中で共有されているかといえば、残念ながらそうではないだろう。

「笑百科」の、まるで番組開始当時の1985年のまま時は止まっているかのような内容を観ながら、不快に思い、そこに偏見や差別を感じたら「どうして、これが必要なの?」と聞いていくことからしかないのかと、暗澹たる気持ちになる。

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しかし、日常に当たり前に流されて、笑いの中で曖昧にされてきた差別こそが、東京医大等の女性差別、年齢差別、出身高校・大検等高卒認定者、出身校種別での差別にも直接・間接的に繋がっているというのは飛躍でも何でもなく受けとめなければいけない現実だと思う。

「土曜昼間の死角」にその闇と、一方では私たちがやらねばならないことをも見る。

まずは、差別の問題で「お悩み相談」をしてみるか。

私が今回の現代ビジネスの記事であえて「ホモネタ」という言葉を使った意図は、漫才での表現がゲイを揶揄・侮蔑する内容を超えた(いや、そこまでも至らない)、まさに「ホモネタ」としか表現できない幼稚な内容だったからだ。編集に関わった元米国総領事夫夫の著書『夫夫円満』でも「ホモネタ」の話は出てくるのでぜひ参照していただきたい。

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