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都営大江戸線が環状運転にならなかったワケ 都庁前駅はオイルショックで誕生?

都営大江戸線は環状部と放射部からなる地下鉄路線ですが、環状運転はしていません。ぐるぐる回る路線とはせず、都庁前駅で折り返しとなる現在のルートに決まるまでは、紆余曲折がありました。

「東京環状線」に決まるはずだったが…

 都市計画上の名称「12号線」にかけて、2000(平成12)年12月12日に全線開通した都営大江戸線。最初の開業からしばらくは「12号線」と呼ばれていましたが、全線開通を前に一般公募で路線名を決めることになり、選考委員会は路線名を「東京環状線」に、愛称を「ゆめもぐら」に決める……はずでした。


東京の地下を「6の字」に走る都営大江戸線。現在は各駅にホームドアが設置されている(2009年12月、恵 知仁撮影)。

 ところが当時の石原慎太郎東京都知事が「何回まわっても同じ所に戻ってくるのを環状線というんだ」と物言いをつけたことで、一転「大江戸線」になりました。路線図を見るとこの路線は一見、環状線に見えますが、実際は光が丘〜都庁前〜新宿〜大門〜上野御徒町〜新宿西口〜都庁前間を往復運転しています。

「大江戸線」のネーミングセンスはさておき、多くの人にとって「環状線」とは、JR山手線やJR大阪環状線、名古屋市営地下鉄名城線など環状運転する路線のイメージが強いことは確かです。厳密には環状線と環状運転は異なり、中心から周辺に延びる放射線に対して、放射線を横につなぐ路線を環状線といい、首都圏の鉄道であればJR武蔵野線や東武野田線、JR両毛線、関西圏ならJRおおさか東線や大阪モノレールなどが挙げられます。

 ただしこの説明は、大江戸線が立派な環状線であることを説明できても、大江戸線が環状運転を行っていないことの説明にはなりません。なぜ大江戸線は新宿駅で線路をつないで完全な円形にしなかったのでしょうか。

大江戸線のルーツは50年以上前の計画に

 大江戸線のルーツは1962(昭和37)年、新たに地下鉄計画に追加された「9号線」まで遡ります。新宿の東側、大きく迂回して麻布に回る「環状部」は大江戸線に似ていますが、新宿より西側は光が丘ではなく、京王線の芦花公園駅(東京都世田谷区)に向かう計画でした。


京王線の芦花公園駅から新宿を経由し、都心を大きく回りながら麻布に至る9号線の計画ルート(都市交通審議会答申第6号を枝久保達也が加工)。

光が丘につながる「放射部」が加わった12号線の計画ルート(都市交通審議会答申第15号を枝久保達也が加工)。

新宿付近の12号線計画ルートと現在の都営大江戸線ルート(『大江戸線建設物語』を参考に国土地理院の地図を乗りものニュース編集部が加工)。

 1968(昭和43)年には、京王線に直通する地下鉄10号線(現在の都営新宿線)の計画が追加され、旧9号線の環状部は12号線として独立。また4年後の1972(昭和47)年には、米軍基地跡地を再開発する光が丘団地の通勤輸送を担う「放射部」が加えられ、現在のような「6の字形」となりました。

 ただルートをよく見ると、実際に建設された大江戸線とは異なる部分があることに気付きます。最大の違いは新宿駅と飯田橋駅を避けている点です。都市機能の一極集中を避けるため、あえて既存のターミナルから離れた位置に駅を設置する構想でした。

 12号線は新宿西口に「西新宿駅」を設置する計画でした(この時点ではまだ丸ノ内線の西新宿駅は開業していません)。西新宿駅は麻布方面ホームと蔵前方面ホームをL字型につないだ構造で、光が丘方面から来た列車は麻布方面ホームに発着、都心をぐるりと一周して蔵前方面ホームに到着し、折り返し光が丘に向けて運転する計画でした。

 ふたつのホームが離れているのは、並べて設置するには道路の幅が足りなかったからです。光が丘から都心に向かう通勤客は、オフィス街である渋谷区、港区方面の流動の方が大きくなるため、麻布方面が通過式のホームとなり、蔵前方面が折り返しホームとなりました。

オイルショックが計画の転機に

 ところが直後に日本をオイルショックが襲います。国や東京都の財政状況は悪化し、開発計画は抜本的に見直されることになり、12号線の計画は凍結されてしまいます。検討を再開させるには、できる限りの建設費削減と乗客数の増加により採算性を確保するしかありません。

 そこで東京都は、20m車両10両編成の「フル規格」を断念。車両を小型化して駅の規模とトンネル断面を縮小し、建設費を削減することにしました。またリニア地下鉄を採用したことで、通常の鉄道よりも半径の小さなカーブや、急な勾配を走れるようになり、ルート選択の自由度が高まりました。

 この特性を最大限活かして再検討したところ、新宿駅や飯田橋駅への接続、汐留や六本木など大規模開発予定地の経由、都庁や公共施設へのアクセス性を高めたルートに変更することで、採算性を確保できるだけの利用が見込めることが分かり、12号線計画は実現に向けて再び動き出すことになりました。

 この過程において、新宿駅で線路をつないで環状運転することも検討されましたが、周辺の道路形状や道路幅、地形の制約から、費用面、技術面であまりにもハードルが高いため断念されました。当初12号線は新宿駅の地下3階を通過する予定だったのが、ホームを設置するために地下7階に変更されています。新宿駅で放射部の分岐、立体交差を行うためにはさらに地下深くにトンネルを造らねばなりません。建設費の節約を至上命題とする12号線にとって、到底選びようのない選択肢だったというわけです。

【路線図】環状部と放射部からなる都営大江戸線


環状部と放射部からなる都営大江戸線。その総延長は約41kmにもおよぶ(国土地理院の地図を乗りものニュース編集部が加工)。

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