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今井翼、久保田利伸、八代亜紀らが闘った! 難病「メニエール病」の真相とは?

難病「メニエール病」の真相とは?(depositphotos.com)

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 メニエール病(内リンパ水腫)は、立てないほどの激しい回転性めまい(1〜6時間、最大24時間)をはじめ、片側の耳の低音域が障害される難聴、耳鳴り、詰まり感のほか、悪心、嘔吐を発作的に繰り返し、発汗、下痢、歩行不安定などを併発する内耳の難病だ。発作時間は数10分から数時間続き、発作を繰り返したり、一度きりの発作で再発しない場合もある。

 厚生省特定疾患研究班調査によると、30歳代後半から40歳代前半をピークに女性に好発するが、性別を問わず20歳〜50歳代の働き盛りの人がかかりやすく、高齢者の発症もある。有病率は人口10万人当たり約15〜18人だ。

 耳の奥にある内耳の内部は、内リンパ液で満たされ、平衡感覚の維持に重要な働きをしている。だが、内リンパ液の内圧と体積の変化によって内リンパ液の調整と平衡感覚が乱れると、内耳に内リンパ水腫(水ぶくれ)が発生するとともに、前庭と蝸牛の働きが阻害され、感覚細胞が圧迫される。それがメニエール病の発症につながる。

 原因は、ストレス、睡眠不足、過労のほか、家族歴,自己免疫疾患の既往症、アレルギー、頭部や耳の外傷、梅毒など多岐にわたるので、原因の特定は容易ではない。検査・診断は、聴力検査、ガドリニウム造影MRI(磁気共鳴画像)、頭部CT(コンピューター断層撮影)などを行う。

メニエール病の治療法は?

 治療は、十分な睡眠、栄養バランスの取れた食事、規則正しい生活を心がける生活習慣の改善とともに、症状を緩和する透圧利尿薬、抗不安薬、制吐薬、抗ヒスタミン薬、ベンゾジアゼピン系薬剤の服用や手術(内リンパ嚢開放術、ゲンタマイシン鼓室内注入術)を行う。

 内リンパ嚢開放術は、中耳の側頭骨と内リンパ嚢を切開し、内リンパ液を排出し、ステロイドの粉末をリンパ嚢の中に入れる手術。ゲンタマイシン鼓室内注入術は、ゲンタマイシンという抗生物質の溶液を経鼓膜に入れ、内耳の前庭系の有毛細胞に障害を起こす手術だ。

 進行を予防する万全の方法はない。発症後10〜15年以内に耳に感音難聴が生じやすい。さらに進行し、難聴や平衡感覚の乱れが常態化すると治りにくい。進行が長期にわたれば、両側性のメニエール病に進行し、平衡機能が失われ、ますます難治性が強まる。恐ろしい難病だ。

 ちなみに疾患名は、フランスの医師プロスペル・メニエールが1861年にめまいの原因に内耳性の症例を報告したことに由来する。

発症の一因は、過剰な几帳面さ、神経質にも!?

 さて、メニエール病に悩まされた芸能人の病態を見よう。克服した人も多いが、再発し闘病している人もいる(文中敬称略)。

 今井翼は、内リンパ水腫によって前庭と蝸牛の働きが阻害され、激しい回転性のめまいや難聴などの症状を訴えたため、2014年11月にメニエール病と診断されて入院し、療養。滝沢秀明と全国ツアーをやり遂げたい強い思いを持ち続けたためか、約2か月後の12月31日にジャニーズカウントダウンライブで復帰。だが、今年3月、再発したため、芸能活動を休止。「どんな時も応援してくれるファンがいた」と涙ながらに感謝の言葉を述べている。

 だが、9月10日にジャニーズ事務所を退所し、アイドルユニット「タッキー&翼」を解消。「現在も病気療養中の身です。先ずは自分の身体としっかり向き合う為、ジャニーズ事務所を退所し、仕事という背負いも無くした状態で病気を克服し、心身共に健康な状態になることに専念したいと思います」と発表した。滝沢秀明は、年内に芸能活動から引退後は、ジャニーズJr.の育成、舞台、コンサートのプロデュース業に専念する予定だ(スポニチ2018年9月13日)。

「クボジャー」「ファンキー久保田」の愛称でで呼ばれ、1980年代から活躍しているシンガーソングライターの久保田利伸。発症は、2006年の42歳の全国ツアーの真っ只中。予定していたコンサートは延期に追い込まれる。だが、その直後から治療に専念したため、年内コンサートツアーを再開。現在のところ再発はなく、精力的に音楽活動を続けている。

 漫才師のハイヒールモモコは、20歳の頃に発症するが、薬物治療が奏功し、24歳の頃に完治。ところが、2005年の41歳の頃に再発。現在は幸い復帰している。

 女性デュオ「ピンクレディー」のケイで愛された増田恵子は、20代前半頃に前触れ無く突発性難聴を発症。その後、「ピンクレディー」の活動を再開した52歳の2010年に検査を受けたところ、メニエール病と発覚。原因は、30年ぶりの「ピンクレディー」復活の過大なプレッシャーかもしれない。

 「加護ちゃん」「あいぼん」のニックネームで親しまれたモーニング娘の加護亜依は、2008年の20歳の頃にオフィシャルブログでメニエール病の発症を明かす。ただ、その後の精密検査でメニエール病ではなく、過労と判明。「睡眠をたくさん取れば大丈夫です」とファンを安心させた。

 歌手の八代亜紀は、15年以上前に遭遇した父親の死の2日後に発症。きっかけでは父親の死によるストレスとされる。

 アイドル歌手「Wink」、女優として活躍してきた相田翔子は、2008年に38歳で結婚後に激しいめまいや多汗を覚え、突発性難聴の症状が出たことから、メニエール病と診断。歌が歌えなくなるほどのショックに悩んだが、症状は緩和し、現在はほぼ完治している。

タレントのGENKINGは、29歳の2015年6月にメニエール病の発症を公表。入院後は、血行を促す注射を首に打ち、高圧酸素治療を受ける。1年間はバランス感覚が乱れ、まっすぐに歩けない状態に。治療後も厳しい耳鳴りに悩まされている。インスタグラムやツイッターなどで新しいタイプのおネエとして注目されたストレスが原因とみられる。

 さて、芸能人の発症のエピソードを長々と見てきたが、いかにメニエール病が一筋縄でいかない難治性の高い難病であるかが分かるだろう。日本めまい平衡医学会、難病情報センター、財団法人難病医学研究財団などのデータを概括すれば、肥満の人よりも健康体の人のがかかりやすく、過剰なまでに几帳面、神経質の人が発症する傾向が強い。 メニエール病――。完治へのチャレンジは続く。
(文=佐藤博)

佐藤博(さとう・ひろし)
大阪生まれ・育ちのジャーナリスト、プランナー、コピーライター、ルポライター、コラムニスト、翻訳者。同志社大学法学部法律学科卒業後、広告エージェンシー、広告企画プロダクションに勤務。1983年にダジュール・コーポレーションを設立。マーケティング・広告・出版・編集・広報に軸足をおき、起業家、経営者、各界の著名人、市井の市民をインタビューしながら、全国で取材活動中。医療従事者、セラピストなどの取材、エビデンスに基づいたデータ・学術論文の調査・研究・翻訳にも積極的に携わっている。

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