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司会者・中居正広は何が凄いのか? 金スマで見せた繊細な感性

中居正広が名司会者といわれる所以は

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 トップを極めた人間同士にしかわからない感覚があるのかもしれない。7月13日、『中居正広の金曜日のスマイルたちへ』(TBS系)が2時間スペシャルで〈新御三家・西城秀樹と野口五郎の友情に涙…〉を放送した。

 昭和の人気歌番組『ザ・ベストテン』や『日本レコード大賞』などから西城秀樹、野口五郎、郷ひろみの『新御三家』の秘蔵映像を流し、今年5月16日に逝去した西城さんが日本で初めて行なった“マイクアクション”“スタジアムコンサート”“ペンライト”についても言及。日本人の海外進出の開拓者であることも取り上げた。

 番組後半には、西城さんの盟友である野口五郎が登場。司会の中居正広は「僕らが勝手に、良きライバル、良き親友という風なこと言いますけども、これはね、僕らが勝手に言ってるだけであって、2人にしかわからない間柄だったんじゃないかなと思います」と紹介した。

 芸能研究家で、著書『田原俊彦論 芸能界アイドル戦記1979-2018』(青弓社)の中で司会者・中居正広の凄さについても触れている岡野誠氏が話す。

「改めて、中居さんの司会力の高さを実感させられました。普通なら『親友であり、ライバルでもある野口五郎さんです』などと紹介しそうな場面ですが、決して簡単な言葉で片付けない。こういう繊細さ、感性が名司会者といわれる所以だと思います」

 中居が「五郎さんにとって、秀樹さんはどんな存在の方だったんでしょうか?」と聞くと、野口は「人生、何度か繰り返しても、こういう人には会えないだろうなって思います」と答え、放送翌日にはブログに〈僕と秀樹の事は,中居さんが言う様に「二人にしか分からない間柄」なのかもしれません〉と綴った。

 1976年の『日本レコード大賞』で2人同時に歌唱賞を受賞し、壇上で抱き合うに至るまでのVTRを見た後、野口は号泣。「まさか、このVTR見せられると思っていなかったから……」と呟いた。野口が顔を上げると、沈黙していた中居は「五郎さんにしかわからないんです。もう僕はそれで良いと思うんですよね」とそっと一言添えた。

「スタジオにカメラが戻って来て、トークをしなければならない場面ですから、『当時の心境はどうでしたか?』などと聞きたくなるはず。しかし、中居さんは『五郎さんにしかわからない。それで良い』と気持ちを落ち着かせた。すると、野口さんが淀みなく、本音を話し始めた。時代を極めた2人だからこそのやり取りだったと思います」(岡野氏)

 野口は中居にこう語った。

「最初(1974年)に秀樹が取って。その時は僕が取ると思っていたんですよ。『甘い生活』が(オリコンで)1位だったんで。そしたら、秀樹だったんで。え?と思って。でも、秀樹は僕の前では気遣ってくれて。その翌年は僕が獲って。『あれ? なんだろう、この物足りなさは』と思っちゃって。その翌年、一緒に獲った時の達成感というのは、きっと2人で抱き合った瞬間だと思うんですよね」

 1970年代から時代を駆け抜け、歌謡界を牽引してきた野口の心情を引き出したように、中居の発する一言には重みがある。なぜ、普通なら当時の感情をストレートに聞きたくなる場面で、「五郎さんにしかわからない。それで良い」と言えたのだろうか。岡野氏はこう読み解く。

「人は言葉の端々に深層心理が現れる。何を言ったかも大事ですが、それ以上になぜその言葉を発したかの背景を読み取る必要がある。中居さんは国民的スターであるSMAPの一員として長年にわたって活躍してきた。称賛をされることもあれば、誹謗中傷を受けることもある。メンバーの関係性についても、メディアやネット上でいろいろと憶測を書き連ねられてきた。

 でも、仲良いとか悪いとか、そんな簡単な二元論で済むような間柄ではないはず。あらゆることを一緒に乗り越えてきた絆があるし、時には意見が対立したことだってあるでしょう。だからといって、それが一言で“確執”という言葉で片付けるわけにはいかない。

 SMAPメンバーの関係性は本人たちにしかわからない。周囲は勝手に“わかりやすい一言”でまとめようとするけど、簡単には表現できない。そんな自分自身の経験や考え方から、自然と発せられた『五郎さんにしかわからないんです。もう僕はそれで良いと思うんですよね』という言葉だったのではないでしょうか」

 司会者・中居正広の凄さが垣間見えた一幕だった。

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