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「通勤に便利な家」を買ってはいけない

 都心居住が鮮明になっている。

【表】関東の住みたい街ランキング2018年と2010年の比較

 今の働き世代は夫婦共働きがあたりまえだ。夫婦がそろって会社に通勤するわけだから、通勤時間は短いほうが良い。子供が生まれれば、保育園に夫婦のどちらかが送り迎えに行かなくてはならない。会社の近くでなければ生活そのものが成り立たない。だから都心のマンションを買う。

パワーカップルが陥りがちな「思考回路」

「マンションの値段は高いけれど大丈夫だ。共働きだから、夫婦でそれぞれ35年ローンを組めば何とか返済することは可能だ。僕たちはパワーカップル(それぞれが年収700万円以上の夫婦)なのだから都心部のマンションを購入できる。金利は低いし、税金のバックもあるらしい。マンションを借りるよりも所有したほうが資産にもなるのだから買っておこう」――。だいたいがこんな思考回路で都心マンションを買う。


©iStock.com

親が叶えられなかった都心居住

 平成初期までは、このシナリオは成り立たなかった。都心は土地がないし、住宅を買うためには郊外に行かなければ適当な住宅はなかった。現代の働き世代の親の世代は、母親が専業主婦の家が圧倒的に多かった。父親は多額の住宅ローンを背負って毎日途方もない時間をかけて都心にある会社に通い、家を守る母親は子供を塾だ、学校だ、お稽古事だと追いたてて、とにかく子供が「良い学校」を出て無事「大手の会社」に就職することだけを願い続けたのだった。

 幸いなことに、親たちには叶わなかった都心居住は、子供の代で可能となった。経済、産業構造の変化で都心部にあった多くの工場がアジアに移転し、土地の容積率も緩和された結果、タワマンと呼ばれる超高層マンションの建築が可能となったからだ。このマンションを買えば、親が経験したような長い通勤も短くてすむ。すべてが「会社」のために自らの居住地を会社の近くに設定する、ある意味合理的な選択の結果ともいえるのだ。

 リクルートが毎年発表する「住みたい街ランキング」で、上位10位がいずれも都心部のJRのターミナル駅が選択されている結果を見ても、今の働き世代がいかに「会社に通うための交通利便性」に重きを置いて家を買っているかがわかる。

7000万円支払っても2LDK

 しかし、彼らが好んで買う都心のマンションはいかほどのモノだろうか。不動産経済研究所の発表によれば、2017年度の東京都区部において供給された新築マンションの平均価格は7089万円とはじめて7000万円の大台を超えた。1平方メートルあたりにすれば108万円だ。つまり65.5平方メートルの住戸面積で7000万円を超える。65.5平方メートルといえば2LDKクラス。この狭いマンションでは夫婦と子供はせめて1人程度が暮らすのがやっとであろう。この部屋が将来にわたって資産価値を保ち続けると彼らは信じているのだろうか。

 そうまでして彼らは「会社ファースト」の人生選択を行っているが、その根底には会社には朝9時に出勤して午後5時になれば帰宅する、という昭和時代の「働き方」がある。しかし、その「前提」が大きく崩れようとしている。いま、人々の働き方は、何も政府が提唱する「働き方改革」を待つまでもなく、激変しつつあるのだ。

「通勤」が無くなる!?

 言うまでもなく、Windows95の登場は人々の働き方に多大な影響をもたらした。社員一人一人の机の上にパソコンが設置され、ネットで世界中と繋がりながら仕事を行うスタイルはまさに革命的といってよい「働き方改革」であった。そしてこれからの社会では通信モバイルの発達やAI技術の進化によって、会社における多くの業務形態が再び大きく変わるであろうことが容易に予測できる。

 会社でのデスクワークはそのほとんどがこうした新しい技術進歩によって代替えされ、人々の働き方に大きな影響を与えることになる。この革命は会社の構造そのものを変えるほどのインパクトを与えることになるのだ。

顔を合わせず仕事をする会社の出現

 多くの会社が経理や財務、総務、人事といったスタッフ機能を持たなくなり、一部の職種を除いてオフィスに社員が集まるという形態が急速になくなっていく。私の知り合いが経営するあるソフトウェア会社は社員が30名ほどの会社だが、基本的に社員の働くスペースがない会社だ。仕事のほとんどが通信で結ばれ、それぞれが自分の能力の範囲で仕事をするので、社員が一緒の事務所に集って机を並べるということがないのだそうだ。その結果社員の住所は全国に広範に散らばっていて、中には一度も直接顔を合わせたことのない社員まで出現しているという。

 今では社員一人に机一つを与えないフリーアドレス制を導入する会社が増えているが、この会社はそこを通り越して、社員間をつなげるのはネット上のみにして各社員が好きなとき好きなスタイルで仕事をするビジネス形態へと進化しているのだ。

会社に行く必要がなくなる

 この話はなにも特殊な事例ではなく、今や大企業でも1週間のうちに会社に「出社」することがほんの1、2回といった会社は珍しくなくなっている。海外とのビジネスミーティングでさえ、今やスカイプを駆使して行うことは日常茶飯事となっているのだ。会社の会議だけのために、みんなが事務所に集まって顔を突き合わせる必要性は急速に薄らいでいる。

 どうやら平成の年号の次の時代、そう遠くない将来に世の中から「通勤」という言葉はなくなるかもしれない。会社に行くという用事がなくなるのだ。多くの会社員というホワイトカラーの人たちが自らのスタイルで働き、会社という組織とはネット上でつながるだけで、自分の好きな場所に居を構え、仕事は近所のコワーク施設に出向くだけで、そのほとんどをモバイル上で行うのが当たり前の世の中になるのだ。

マンションを買うときに「思考停止」していないか

 さてこのように考えてくると、会社に通うために「会社の近くに住む」という都心居住の考え方は本当に正しいのだろうか。都心は交通利便性が高いといっても、所詮は自分たちの勤める会社との「行き来」のために便利であるというだけだ。とりわけ工場跡地に建設された多くのタワーマンションの立地は、従来は人々が暮らすのにはあまり「良い環境」にはなかった土地が多いのも事実だ。

 現代の働き世代は車を持たないという。車は使いたいときに使えばよい。車を買っても使うのは週末だけで、駐車場代を払って家のまえに「展示」をしているくらいなら買わないほうがよい。自転車だってシェアでかまわない。今や服だってメルカリで済ますのが彼らの考え方だ。

 ところが、マンションになると彼らのこの合理的な思考回路が機能停止に追い込まれるようだ。自分たちが「暮らす」のに本当に良い街はどこなのか。仕事のための移動がなくなれば、もっと全く異なる価値観で自らの家を選ぶ時代がくることになる。それは会社への交通利便性ではなく、人生のそれぞれのステージで自分の「好み」の街を選んで「利用する」、そんな家選びが始まることだろう。家も自動車や自転車あるいは服のように「しなやかに使いこなす」時代がもうすぐそこに迫っているのだ。

不動産も「買ってなんぼ」から「使ってなんぼ」になる

 先述した私の知り合いの会社では、実はいっぷう変わった飲み会をしているそうだ。社員各々が好きな場所で自分の好きな飲み物とつまみを用意して、オンライン上で乾杯するのだ。それぞれの画面の背後には社員とじゃれ合う犬が登場したり、子供が横切ったりして参加者はその様子を見ながらおおいに盛り上がるのだそうだ。

 会社から「近い」というだけの理由で買った家のために、夫婦そろって35年にもわたって年収の3割くらいのお金をローンに注ぎ込むことの馬鹿馬鹿しさにやがて多くの人々が気づくことになる。不動産も自動車や自転車と同じく、「買ってなんぼ」から「使ってなんぼ」のものになるのだ。

(牧野 知弘)

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