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愛娘も見放した栄和人「夜遊び解任」の内幕を私が教えよう

小林信也(作家、スポーツライター)

 至学館大学女子レスリング部の栄和人監督が解任された。6月14日に栄氏が一連のパワハラ問題などについて謝罪した、あの記者会見からわずか3日後のことだっただけに、驚きと戸惑いが広がった。

 実は、私は謝罪会見の翌日、明治杯レスリング全日本選抜大会の2日目に駒沢体育館(東京都世田谷区)で栄氏に会っていた。ここ数週間の取材経緯があり、至学館大の谷岡郁子(くにこ)学長とお会いする約束をしていた。

 谷岡学長を探して至学館大関係者の席に向かうと、思いがけず栄氏から声をかけてくれた。そして、両手で握手を求められた。随分前に栄氏を一度取材したことはあるが、ほぼ初対面のようなものだった。

 栄氏は前日に私がコメンテーターとして出演したテレビ番組を見て「あなたの発言に勇気づけられた」と言った。番組出演者の大半が「これは本気で謝っていない」と栄氏を辛辣(しんらつ)に批判する中、このとき私は「(栄氏の)質疑応答の受け答えには含みを感じるが、謝罪自体は真摯に感じた」などと述べたことを記憶している。恐らく、その発言を指していたのだろう。

 栄氏と軽くあいさつを済ませた後、私は谷岡学長の隣に座った。続いて栄氏が座ったため、私の右隣に谷岡学長、左隣に栄氏という2人に挟まれる形で観戦した。それからしばらく、2人とは交互にじっくり話す機会を得た。 「リオ五輪のとき、選手村の食事では減量がうまくいかない選手もいる。だから30分も離れたホテルで手料理を作り、それを毎日取りに来てもらった」。谷岡学長が当時のこんなエピソードを披露すると、栄氏がおもむろ自分のスマートフォンの中に入っていた五輪選手村での食事風景の写真を探し、見せてくれた。テーブルを囲む選手たちの中には、一連のパワハラ騒動の被害者である伊調馨の顔もあった。

 「リオでもこうやってね、(伊調とは)一緒にやっていたんですよ…」。その言葉をつぶやいた栄氏の顔はどこか寂しそうだった。そんな思い出話などを続けているうちに、女子65キロ級1回戦のマットに栄氏の長女、希和さんが登場した。「実はね、右肩を痛めているんですよ」。栄氏も不安そうにマットを見守った。

 試合が始まると、谷岡学長がすぐに「希和、行けー!」と大声で叫んだ。試合中はずっと大声援だった。一方、栄氏は私の横で何か独り言をつぶやくように戦況を分析していた。そしてリードを奪われて第1ピリオドを終えたとき、「この相手、強いんですよ」と栄氏が耳打ちしてくれた。なんと、希和さんの相手は今年3月のアジア選手権で準優勝した今井海優(自衛隊)だった。

 試合終了間際、ブザーが鳴る寸前に希和さんのタックルが決まり、相手のバックを取った。レフリーはすぐにポイントのコールをせず、希和さん側のセコンドが「チャレンジ」を申請したため、結果はビデオ判定に持ち込まれた。

 その間、谷岡学長は「見た! 私見てた。間違いなく時間内に決まってる!」と何度も繰り返し叫んだ。そして、希和さんの勝利がコールされると、谷岡学長は「よし!」と腕を振り下ろし、勢いよく立ち上がった。その瞬間、向こう隣に座っていた希和さんの母親(レスリング元世界女王、坂本涼子さん)とガシッと抱き合い、満面の笑みで両手を握り合った。その様子を見て、谷岡学長の選手への熱い思いがよく伝わった。

 また、他の試合でも至学館大の選手が劣勢のまま終盤に差しかかると、谷岡学長は両手で髪をむしり取らんばかりに興奮しながらマットを見守っていた。選手が敗れると両手を挙げ、この世の終わりかのような形相でため息をついた。まるで、我が子に寄せるような強い思いが伝わった。選手一人ひとり、一つひとつの勝負にこれほどまで激しく入れ込む人はそういない。一緒に観戦した谷岡学長の懸命な応援ぶりに「この人半端じゃないな」と素直に敬服した。一連のパワハラ騒動の最中、谷岡学長が何度も繰り返した「選手ファースト」の言葉は紛れもなく本心だったのだろう。

 世間やメディアは、栄氏が現場復帰からわずか3日で監督を解任されたことについて、谷岡学長を非難し、彼女の矛盾や横暴さを指摘する向きが強い。だが、今は2020年東京五輪につながる重要な時期である。

 レスリング選手にとっては、サッカーで言うところのW杯予選であり、高校野球で例えるなら春のセンバツにも匹敵する重要な大会である。この大会の勝ち負けで、東京五輪出場がぐっと近づくこともあるし、遠ざかりもする。レスリング関係者にとってはそれほど重要な大会だったのである。だからこそ、試合中に他のことを考える余裕などなかったのだろう。

 にもかかわらず、試合をじっくり観戦こともなく自分のスマホをいじり、時には通話したり、しかも自らの教え子である至学館大の選手同士の試合があっても、知人と焼肉ランチに出掛けた栄氏の行動はあまりに異質だった。彼のレスリングへの「思い」のなさは、理屈抜きに「仲間の中に入ってこれない人がいた」と谷岡学長に言い放たれても仕方がないだろう。 それでも「選手ファーストと言いながら、監督を留任させたり解任したり、選手に動揺を与えているのは、むしろ感情的で一貫性のない谷岡学長ではないか」という批判もある。

 こうした批判が出るのは、栄氏の処遇を谷岡学長がすべて一存で決めているという、メディアや世間の思い込みがあるからだろう。そもそも、谷岡学長は栄氏の留任を決めたときも、解任を決断したときも、吉田沙保里はもとより、至学館大の選手たちに率直な気持ちを尋ねている。

 一連の騒動で最初に表舞台に出た今年3月の記者会見の印象があまりに強烈で、彼女のことを「他人の意見など聞かない人」「すべて一人で決めるワンマン学長」といったレッテルを張る人が多いようだが、取材を通して私は谷岡学長と選手たちの「心の距離は近い」と感じたことだけは間違いない。

 谷岡学長には、栄氏の現場復帰についても、その経緯を聞いた。監督留任を決めたのは、選手全員が「栄氏に監督をやってほしい」と望んだからだったという。だが、その心は「監督に教えてもらわなければ強くなれない」「金メダルを獲るのに栄氏が必要だ」というニュアンスではなかった。

 パワハラ問題で断罪され、非難を浴び、憔悴しきって自宅から出ることもできなくなった監督の健康と未来を選手全員が案じたのである。「栄氏に早く元気になってほしい」。そのために一番ふさわしい場所は「監督」という席しかない。そういう思いの方がどうも強かったようである。

 谷岡学長は、私に「本当はセコンドについてほしかった」と何度も繰り返した。確かに「栄氏はセコンドの天才です」と3月の記者会見でも言っている。そして「前半でリードを奪われ、普段の力を発揮できない選手をインターバルのときに栄氏はたった一言で選手を甦らせ、勝利に導いた試合をこれまで私は何度となく見ています」とも教えてくれた。

 彼女の言葉を聞く限り、現場復帰の決断は「栄氏自身が元気を回復し、自分の原点を思い起こすきっかけになればいい」との思いの方が強かったことは間違いないだろう。そのためには「セコンドについて、タオルで選手の汗を拭いてあげたり、マットのすぐ下で声援を送ることからもう一度始めてほしかった」と残念そうに語ったのは印象的だった。しかし、栄氏は大会初日も2日目もセコンドに決してつこうとはしなかった。

 もっと言えば、栄氏がセコンドにつくか、つかないとかはどうでもいいのかもしれない。むしろ勝負に対する情熱の喪失や、選手に気持ちが寄り添っていない現実を目の当たりにしたことに彼女は落胆したのである。そして、週刊誌に掲載されたキャバクラ嬢との夜遊びも、「解任の理由ではない」とは明言したものの、教え子である二十歳前後の女子選手にしてみれば、心が離れる一因になった可能性は否めない。

 谷岡学長によれば、解任について吉田沙保里をはじめ、選手たちに尋ねてみたところ、一様に同じ気持ちだったらしい。「現場復帰からわずか3日で解任」と世間は言うが、世界選手権の代表選考がかかった今大会は、選手にしてみれば一年にも等しい重さを持っているのである。

 栄氏解任の記者会見が終わった後、会場の外で谷岡学長にバッタリ会うと、静かにこう言った。

 「あれは、選手の親切心だったのですね」

 一度は栄氏を「監督として留任させてほしい」と声を上げたのは、監督思いの選手たちの優しさだったのである。その気持ちの重さに気づかず、結果的に踏みにじる形になった栄氏自身、今回の解任は受け入れる以外に方法はなかっただろう。

 「(監督は)もうダメですね…」。栄氏に引導を渡した選手の中には、悲しいかな、栄氏の長女、希和さんも含まれていたという。

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