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中田英寿は「アジアのW杯の象徴」 海外メディアが“先駆者”の栄光のキャリアに再脚光

日本代表としてはW杯に3回出場した中田氏【写真:Getty Images】

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若くして海外に渡り、ローマ時代にはセリエA優勝も経験

 ワールドカップ(W杯)で世界的な注目を集めるのは、優勝候補となる欧州や南米の強豪国のチームや選手だが、これまで数多くのアジア人選手も世界最高峰の舞台で躍動し、その名を世界に轟かせてきた。

 衛星放送「FOXスポーツ」アジア版は、「アジアのワールドカップの象徴」として元日本代表MF中田英寿氏を特集。歩んできた道のりやW杯での功績を含め、「先駆者」として取り上げている。

「多くの人々のために道を開いた日本人の先駆者・中田英寿を振り返る」

 記事では、卓越したテクニック、冷静さ、最上級のプレーメーカーとしてのビジョンを持っていたと表現され、中田氏のキャリアを回顧している。

 18歳の時にベルマーレ平塚(現・湘南ベルマーレ)でデビュー。1998年には日本代表の一員としてフランスW杯に出場した。大会後には三浦知良(現・横浜FC)に次ぐ2人目のセリエA日本人プレーヤーとしてペルージャに加入。1年目から10ゴールを奪う活躍を見せ、2000年には強豪ASローマへと移籍した。ローマでは日本人で初めてセリエA優勝を経験し、その後パルマ、ボローニャ、フィオレンティーナ、そしてプレミアリーグのボルトンとキャリアを重ねていった。


「サムライブルーの道を切り開くために全てを起こしてきた」

 中田氏は国際舞台でも自身の名前を世界に轟かせた。日本代表としてはW杯に3回出場。2002年の日韓大会では日本を初のベスト16に導いている。06年のドイツ大会でグループリーグ敗退すると、29歳の若さで現役引退。それから12年が経過するが、今でもアジア人最高の選手について議論がなされる時は必ず名前が挙がる選手だ。

 記事では、最後にこのように記している。

「最近はシンジ・カガワやケイスケ・ホンダ、ユウト・ナガトモといった選手たちが、欧州のトップリーグでキャリアを積み重ねているように見えるかもしれない。しかし、彼らの前に、一人の男がサムライブルーの道を切り開くために全てを起こしてきた。それが先駆者・中田英寿だ」

 FW本田圭佑(パチューカ)やMF香川真司(ドルトムント)、DF長友佑都(ガラタサライ)といった海外組が現在の日本代表の中核を担っているが、その土台を作った男として中田氏は海外でも広く認知されているようだ。


(Football ZONE web編集部)

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