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再出発のドムドムハンバーガー、旧店舗大量閉店でフードコートが「ドムドムロス」に!――閉鎖店への再出店は?

新運営会社の下で新たな船出を迎えたドムドムハンバーガーだが、店舗整理により“新たな船”に乗れなかった店舗も多かった

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 日本初のハンバーガーチェーンとして生まれ、スーパーマーケットのフードコートでお馴染みだった「ドムドムハンバーガー」。

 親会社であるダイエーグループとともに成長を遂げ、最盛期は全国400店舗以上を誇ったドムドムであったが、昨年7月にダイエー傘下の運営会社から宿泊施設などを運営する「レンブラントHD」(厚木市)に経営移管され、36店舗体制で「新生ドムドム」としての新たなスタートを切った。

 全盛期の1割以下となる店舗数での再スタートとなったものの、経営移管後の店舗整理により今年4月までにさらに19店舗が追加閉店。ドムドムは更なる「激レアチェーン店」となり、そしてドムドムが抜けた商業施設のフードコートは殆どが今も空き店舗となったままだ。

 長期化の予感漂う“ドムドムロス”の行方はいかに-―。

◆昨夏に新会社で再スタートを切った「日本初のハンバーガーチェーン」

 ここで「ドムドム」とは一体どういう会社だったのか再確認しよう。

 ドムドムハンバーガーはダイエーが子会社として設立した「オレンジフードコート」が運営していたハンバーガーチェーンで、1970年に「ダイエー町田店」(東京都町田市)に1号店が開店した。これは、1971年の日本マクドナルド1号店、1972年のロッテリア1号店出店よりも早く、ドムドムは「日本初のハンバーガーチェーン」としても知られる。

 ちなみに「ドムドム」の名前はダイエー創業者・中内功氏によるダイエーのキャッチフレーズ『良い品を“どんどん”安く』に由来するものだ。

 その後のドムドムは全国展開を進めていたダイエーとの“ニコイチ”で店舗網を急拡大。ダイエー内での展開に成功したノウハウを生かし、ダイエーグループ以外のスーパーマーケットや商業ビルへの出店もおこなうなどして400店を超える店舗網を築きあげ、一時は国民的ハンバーガーチェーンとして定着したかに思われた。

 しかし、バブル崩壊で多額の負債を抱えたダイエーは、2002年に産業再生法の適用を申請。産業再生機構のもとでの経営再建によりダイエーが大量閉店に追い込まれると、ドムドムも徐々に数を減らすこととなった。

 その後もドムドム事業は「選択と集中」が進められ、2015年には健康志向の新業態「ディーンズバーガー」を導入するなど立て直しに向けた動きもあったものの、スーパー業界全体の経営不振の影響もあって店舗網は縮小の一途をたどった。

 ここで万事休すかと思われたドムドムであったが、2017年5月にホテル運営や事業再生を手がけるレンブラントHDへの事業譲渡が発表され、同年7月1日には同HDが設立した新会社「ドムドムフードサービス」のもとでダイエーグループから引き渡された36店舗が再出発を迎えた。

 新会社への移管後は「手作り厚焼きたまごバーガー」、「ドムフィッシュバーガー アジフライ」といった見た目のインパクトが強いメニューや、「かりんとう饅頭」のような和をテーマとした素朴なサイドメニューを導入。群雄割拠のハンバーガー業界で「個性派」としてのポジションを築きつつある。

◆ドムドム、新体制下の店舗整理でさらなる「レア化」

 レンブラントHDのもとで新たな船出を切ったドムドムハンバーガー。その一方で、これまで幾度の店舗整理の波に耐えながらも“新たな船”に乗ることなく消えた店舗の存在も忘れてはならない。

 新体制となった7月以降の店舗整理では、15のドムドム店舗が昨年秋までに各地のフードコートなどから一斉に撤退し、今年も4月までに4店舗が追加閉店。その内訳を見ると、横須賀市の大型ショッピングセンター「イオンショッパーズプラザ横須賀」(旧ダイエー)内で2店体制を築いていたイオン横須賀店とイオンショッパーズ横須賀店、日本一営業時間が長かった塚口店、特別メニュー「ドムドムカレー」を提供していた水無瀬FC店など、何かと個性的な店舗が多かったのが特徴だ。
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