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乳児虐待の疑いで逮捕された母の、悲痛な叫び 「揺さぶられっこ症候群」を問う➀

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「揺さぶられっこ症候群で乳幼児が死傷。虐待した親が逮捕……」

そんな事件を目にする機会が増えている。だが、専門家からは「揺さぶられっこ症候群(SBS)」という現象そのものに、疑念の声が上がっていることをご存じだろうか。

2年前、生後間もない我が子への殺人未遂容疑で逮捕・起訴された一人の母親がいる。保釈中の現在も一貫して無罪を主張し続けている彼女と、突然被告人となった妻を支え続ける夫への取材をもとに、事件の奥に潜んだ「揺さぶられっこ症候群」の問題を検証する。

「冤罪が生まれています」

『日本でも冤罪多発か?  揺らぐ医学神話にこだわる日本の刑事司法』

そんなキャッチコピーで始まるWEBサイト「SBS検証プロジェクト」(http://shakenbaby-review.com/)が、去る2017年10月25日、大学教授や弁護士を中心に立ち上げられた。

トップページには、『あなたやあなたの身近な人が、赤ちゃんを揺さぶって虐待したと疑われていませんか?』と題して、次のような呼び掛け文が掲載されている。

「私たちは、法学研究者や弁護士が中心となって「SBS検証プロジェクト」(SBS Review Project Japan)を立ち上げました。

もちろん乳児虐待は決して許されません。しかし、無実の養育者が、不確実な理論で誤って虐待者とされることも絶対に許されません。

そのような事態は、誤って疑われた養育者だけでなく、子どもたちにも大きな不幸を及ぼしかねないのです。今後私たちは、研究を進めるとともに、SBS理論に基づき、誤った訴追を受けた方々への支援活動を進めていく予定です」

「揺さぶられっこ症候群」、英語では「Shaken Baby Syndrome」(シェイクン・ベイビー・シンドローム)と呼ばれ、その頭文字をとって世界的には「SBS」と呼ばれている。

日本でもここ数年、乳幼児に「揺さぶられっこ症候群が見られること」を虐待の証拠に、親などが刑事訴追されるケースが相次いでいるが、それに対して法律家や刑法学者らが中心となって異議を唱えているのが、このプロジェクトだ。

この検証プロジェクトのメンバーの一人である大阪の秋田真志弁護士から私のもとに連絡が入ったのは、ちょうど半年前、2017年4月のことだった。

<現在、SBS(ゆさぶらっれこ症候群)による冤罪事件に取り組んでいます。欧米諸国ではすでにSBS理論そのものの科学的根拠に疑念の声が上がっているのですが、日本では今もこの理論を根拠に親が逮捕されるケースが相次いでいます。これは、取り上げるに足りる深刻なテーマだと思います。是非、柳原さんの発信力で世に警鐘をならしていただければ幸いです>

メッセージの末尾に添付されていた「ワシントンポスト」の記事によると、アメリカでは2001年以降、子供が死亡または傷害を負ったことについて、SBS理論を根拠に刑事事件となったケースが2000件近くに上っているが、そのうち約1割は「無罪」「有罪判決の破棄」また「起訴の取り消しや取り下げ」がなされたという。
 
「揺さぶられっ子症候群」、この言葉は、子育てを経験した母親の一人として、私ももちろん知っていた。「首の座らない赤ちゃんを強く揺さぶったり、揺れの激しい乗り物に乗せたりすることは危険であり、避けるべきだ」ということは、この言葉が定着するずっと前から、子育ての常識だった。

しかし、改めて「揺さぶられっ子症候群とは何か?」と問われると、その言葉の定義を具体的に答えられないことに気が付いた。

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そもそも、「揺さぶられっ子症候群」という言葉は、いつから使われるようになったのだろうか? ウィキペディアで検索してみたところ、

<揺さぶられっ子症候群(SBS)とは、概ね生後6か月以内の新生児や乳児の体を、過度に揺することで発生する内出血などの外傷。児童虐待ともなりうるもので、乳児揺さぶり症候群ないし乳幼児揺さぶられ症候群ともいう。2010年ごろから、児童虐待による死傷事件に関連して「乳児揺さぶり死」という語も出てきており、社会問題キーワードにも挙がっている>

とある。「児童虐待」と揺さぶられが結びついたのは、ごく最近のようだ。

これに異を唱えているのが、秋田弁護士をはじめとする「SBS検証プロジェクト」のメンバーだ。冒頭で紹介したWEBサイトには、そもそもその「定義」に対する疑問について、こう解説されていた。

<(揺さぶられっ子症候群とは)簡単に言うと、赤ちゃんの頭部外表に目立ったケガなどが見られないにもかかわらず、硬膜下血腫、網膜出血、脳浮腫という3つの症状(これは三徴候と呼ばれます)があれば、それは「暴力的な揺さぶり」=虐待によるものだと推測して良いという理論です(ただし、論者によって、そのニュアンスや説明方法は微妙に差があります)。

確かに児童虐待は決して許されません。しかし、三徴候は、本当に「暴力的な揺さぶり」=虐待を裏付ける十分な証拠なのでしょうか。>

子供への虐待は、許されざる行為だ。現実に、身体に傷の残るような暴力を受けたり、十分な食事も与えられず放置されるなど、信じがたい虐待事件が数多く発生している。

しかし、外見上、誰が見ても明らかな「虐待」とは違って、目立った外傷はないが脳に異常がみられる場合、その判断は非常に難しいだろう。もしそれが、「虐待」ではなく、不幸な「事故」によるものだとしたら……。

例えば、よちよち歩きの子供がふと目を離したすきに転倒したり、ベッドや縁側から転落して頭を強く打つこと、兄弟で遊んでいるときに予期せぬ事故が起こる場合もあるはずだ。

こうした事案が発生したとき、児童相談所や警察、検察は、いったいなにを根拠に、「事故」か、それとも「殺意があった」のかを判別するのだろうか?

振り返れば、自分自身も子育てをする中で、危険なシーンはたびたびあった。子供はある日突然、昨日までできなかったことができるようになるものだ。ふと気づくと、寝返りを打って大移動していたり、椅子やテーブルの上によじ登っていたりして驚くこともたびたびあった。

さまざまなケースを考えているうちに、誰もが虐待を疑われる可能性があるのだと思うと、とてつもない恐ろしさを感じた。

現在、秋田弁護士が刑事弁護に取り組んでいる「揺さぶられっこ症候群」事件のひとつに、2014年に大阪で発生した乳児虐待事件がある。

母親は「生後1か月の長女に“暴力的な揺さぶり”をおこなった」として、殺人未遂で逮捕。その後、傷害の罪で起訴されたが、当初から一貫して無罪を主張、秋田弁護士は「揺さぶらっれこ症候群を根拠としたこの事件は、冤罪の可能性がある」と指摘している。

親子だけの密室で、いったい何が起こったのか……。私は保釈中の母親に話を直接聞くため、大阪へと向かった。

我が子に対する殺人未遂容疑で逮捕

2017年7月某日、刑事裁判の公判後に弁護士事務所で初めて会った井川京子さん(仮名=37)は、清楚で温和なイメージの女性だった。紺色のワンピースに身を包み、長い髪は後ろでひとつにまとめられている。

現在、保釈中の身である彼女の傍らには、夫が寄り添い、5歳になる長男は会議室の中を無邪気にはしゃぎまわりながら、両親の膝の上を行ったり来たりしている。

生後6週間で脳に重い障害を負った長女のBちゃんは、あの日から2年以上経った今も植物状態のまま児童相談所の保護下に置かれ、他県の病院に入院中だ。両親であっても見舞いに行くには児童相談所の付き添いが必要で、担当者との日程調整がなかなかうまくいかないため、会いたくてもすぐには会えない状況が続いているという。

傍からはとても計り知れない、この若い夫婦が抱えるあまりに過酷な現実……。どんな思いで、ここまでの日々を耐え抜いてきたのかと思うと、胸が苦しくなった。

京子さんは公判の直後ということもあって、少し憔悴したような表情を見せながらこう語った。

「突然の逮捕から2年が過ぎました。でも、今もネット上には、私を犯人と断定したような報道がたくさん残っていて、酷い書き込みもされています。知り合いも、誰が見ているかわかりません。だから、人と接するのが怖いんです……」

ネットリンチに遭う

実際に、インターネットで彼女の実名を検索すると、逮捕時に報じられた次のようなニュース記事が次々と出てくる。

<『生後1カ月長女に暴行、意識不明 殺人未遂容疑で逮捕の母親 「2歳半の長男がやった」と供述』

生後1カ月の長女に暴行して殺害を図り、頭蓋骨骨折などで重体にさせたとして、大阪府警捜査1課などは16日、殺人未遂容疑で、母親で大阪市***の無職、****容疑者(34)を逮捕した。「(2歳半の)長男がやったとしか言えない」などと容疑を否認しているという。

逮捕容疑は昨年11月10日から12月18日ごろの間、自宅マンションで、長女に何らかの暴行を加え、殺害しようとしたとしている。長女は意識不明の重体で病院に搬送されたが、現在も意識が戻らず入院中で、てんかんなどの完治不能の後遺症もあるという。

府警によると、同年12月18日午後6時ごろ、**容疑者が「長男が娘を床に落としてから、反応がなくなり、ぐったりしている」と119番。府警が調べたところ、長女は頭の2カ所が骨折しており、ほかにも頭部を揺さぶられた形跡があった。

**容疑者は当日の状況について、府警の任意聴取に「長男に長女を抱っこさせて片付けをしていたら、ドスンと音が聞こえた」などと説明していた。
(以上、産経新聞2015年9月16日付より。****は実名報道)>

警察からの事前リークがあったのだろう、各メディアは京子さんに手錠がかけられる前から自宅周辺に張り込んでカメラを回し、逮捕後は隠し撮りしていた京子さん本人の映像を流して、彼女が虐待で生まれて間もない我が子を殺そうとした「犯人」であるという報道を、実名で大々的に行っていた(当時のテレビニュースも動画でアップされている)。

現在も公判中であるため、有罪と決まったわけではない。にもかかわず、逮捕、起訴された段階で、京子さんへの批判は過激さを増し、第三者の私が見ても背筋が凍りつくような過激な言葉がこれでもかと書き込まれている。ネット上ではすでに有罪判決が下されているのも同然だった。

それでも京子さんは、真剣なまなざしでこう語る。

「当初から児童相談所は、私が長女を放り投げて虐待したと決めつけ、警察に報告していたようです。そして、私が嘘をついて、当時2歳半だった長男に自分の罪をなすりつけていると……。私にとって長男は、何ものにも代えられない大切な存在です。どうして、嘘をついてこの子のせいにするでしょう。嘘をつくなら、もっとまともな嘘をつきます。

もちろん、長女が大怪我をしたことについて、私に責任がなかったとは言いません。振り返ってみれば、あのときこうしておけば、ああしておけば、と後悔することがたくさんあります。長女には本当に申し訳ないとしか言えません。でも、どうして生まれたばかりの我が子に殺意を抱く必要があるんですか?

また、長女の入院と同時に、2歳半の長男まで児童相談所に一方的に連れて行かれてしまい、本当につらい思いをしました。おそらく、当初から私が長男や長女を虐待していると疑われていたのでしょう。一番甘えたい時期に親から引き離されてしまったのです。

私たちは長男があまりの寂しさに、愛着障害を負ってしまうのではないかと、とても心配しました。

結果的に私たち夫婦は、長女だけでなく、一時的に長男まで奪われ、家族はバラバラになってしまいました。親として身を切られる思いでした。繰り返しますが、私が長女を放り投げたことだけは、絶対にありません」

取材中も長男をあやす二人。筆者には彼女たちが虐待をするとは思えなかった

私はこれまで冤罪事件を多数取材し、無罪を訴える当事者については、全て実名で報じてきた。しかし、京子さんに直接会って話を聞き、長男のAくんが大人になったときのことを配慮する井川さん夫妻の考えを尊重し、現時点ではあえて仮名での執筆を選択した。ご了承いただきたい。

児童相談所に引き裂かれた親子

まずは、この事件の経緯を時系列の図で振り返ってみたい。ただし、これはあくまでも、京子さん本人の記憶に基づく陳述書や、弁護人の作成した書面をもとにまとめたものであることをあらかじめ断っておく。

井川さん夫妻にとって待望の女の子、Bちゃんが生まれたのは、2014年11月5日のことだった。

そのBちゃんが、当時2歳半だった兄のAくんによる1度目の落下事故に遭ったのは、生後2週間後、11月27日のことだった。図にもある通り、Aくんは高さ80センチのベビーサークルの柵を乗り越えて中に入り、Bちゃんを持ち上げて外に落としたというのだ。

(*「2歳半のAくんに、妹のBちゃんを持ち上げることができるのかどうか?』については、児童相談所に保護された後、Bちゃんと同じ重さの人形を使って検証された。Aくんが3キロの人形を軽々と持ち上げ、それを落とす様子を撮影した動画は刑事裁判にも提出されており、京子さんが供述した「Aくんの行為」が不可能ではないことは裏付けられている)

このとき、Bちゃんは額に切り傷を負い、側頭部にブヨブヨした感触があったため、京子さんは救急医療センターに連絡を入れるも、特に症状がなかったため、しばらく様子を見ることになった。

そして、生後6週間目に入った12月18日、今度は2度目の落下事故が起きてしまう。

詳細は図に記したとおりだ。このときは、おもちゃを片づけるため少し目を離したすきに、AくんがまたBちゃんを落下させたようだった。 その日のことを、京子さんは自身の陳述書にこう記している。

<2014年12月18日、生後1か月半の長女の顔色がみるみる変わっていったとき、私はとっさに『子育て便利帳』を手に取っていました。でも、次の瞬間、『これじゃない。119番だ!』と我に返り、慌てて救急にダイヤルしました。その後は、パニックでした。長女を一刻も早く病院に……と、気持ちばかりが焦っていました>

京子さんは119番通報するため、動転したままBちゃんを抱き上げ、一瞬テーブルの上に寝かせたのだが、そのわずかな間に、AくんはBちゃんの足を引っ張り、今度はテーブルの上から転落させてしまったのだ。

救急車で病院へ運ばれたBちゃんの症状は深刻だった。急性硬膜下血腫のほか、吐乳と誤嚥、心肺停止に。その結果、低酸素脳症に陥っていた。

「救急の医師からは、『家の中で心肺停止になったということなので、病院から警察と児童相談所に通知します』と告げられました。病院からの通報を受けた警察は、病院で簡単な調書を作成し、翌日の午前2時〜4時にかけて自宅での現場検証をおこなったのです」(京子さん)

Bちゃんは、児童相談所の保護下のもとでそのまま入院することとなった。そして前述のとおり、この日、長男のAくん(2歳半)も、児童相談所による一時保護というかたちで、突然、両親から引き離された。

「全く予想していなかったことで、ただただ驚きました。私は泣きながら、児童相談所の担当者に『息子のことをよろしくお願いします……』そう言ったことを覚えています」

結婚4年目、大企業に勤める穏やかで優しい夫との経済的にも安定した暮らしの中で、2人目の子供を授かり、専業主婦を続けながら幼い二人の子育てに励もうと思っていた矢先、家族4人の生活は、一瞬にして崩れてしまったのだ。

(後編に続く →http://gendai.ismedia.jp/articles/-/53528)

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