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ひばり、長嶋、裕次郎…ニッポンを元気にした「昭和10大ヒーロー」知られざる秘話

昭和は遠くなりにけり――奇跡の戦後復興を成し遂げた日本国民の傍らには常に"英雄たち"が寄り添っていた!!

「新橋の街頭テレビで見たんだけど、シャープ兄弟の攻撃に耐え、必殺の空手チョップで大逆襲する力道山の姿にはしびれたねぇ」

と懐かしむのは、昭和11年生まれの毒蝮三太夫師匠(79)だ。屈強な外国人レスラーたちを打ち負かすストーリーで、"敗戦コンプレックス"に打ちひしがれた日本人の溜飲を大いに下げた力道山。彼が"戦後最大のスター"であることは、間違いないだろう。

登場したばかりのテレビの普及とともに、プロレスは爆発的なブームとなった。今ではよく知られていることだが、力道山は朝鮮半島の出身。後に北朝鮮が建国される地域である。

「力道山は、関脇時代の昭和25年9月場所前に突然、自ら髷を切って廃業しましたが、これは角界での差別に憤慨したためともいわれています」(角界関係者)

廃業後、実業家としても大成功した力道山は、韓国で国賓級の歓待を受ける一方、北朝鮮の金日成主席にはロールスロイスをプレゼントしたといわれる。外国人レスラーと戦った日本の英雄は、祖国統一を願う"朝鮮民族の英雄"でもあった。

人気絶頂の昭和38年(1963)、赤坂のナイトクラブでヤクザに刃物で刺され、その傷がもとで還らぬ人となった最期も壮絶だった。

当時、プロレスと並ぶ人気を誇った野球。テレビを通じて全国的な人気を集めたのが巨人だった。熱烈な巨人ファンとして知られる毒蝮師匠が述懐する。

「ガキの時分に都電に乗って、後楽園までよく野球を見に行ったよ。一番好きだったのは"赤バット"の川上哲治。もちろん、長嶋茂雄、王貞治の"ONコンビ"も忘れられないなぁ」

両雄並び立たずと言うが、王と長嶋は見事に並び立った。一本足打法でホームランを量産する王と、チャンスや大舞台になればなるほど本領を発揮する長嶋。

「ONが成功したのは、自らが"次男坊"であることを自覚した王が、常に長嶋を立てていたから」

と解説するのはベテランの野球記者。両者の活躍で巨人は「V9」の金字塔を打ち立てた。

昭和30年代、巨人と並んで絶大な人気を博した力士が大鵬だ。幕内最高優勝32回は、今年の初場所で白鵬に破られるまで日本記録であり続けた。大鵬がウクライナ人と日本人のハーフだったことは今でこそ周知だが、現役時代、その事実は厳しく伏せられていた。公にされたのは、現役引退から30年後のことだ。

芸能の世界で、戦後間もない頃からスターとなったのが美空ひばり。

11歳で歌手、12歳で映画デビューを果たした天才少女は、あっという間にスターダムに上り詰めた。

「しかし一方で、歌唱力がありすぎたがゆえに、"子どもらしくない""児童労働のモラル違反"との批判もあったんです。ただ、大衆は圧倒的にひばりを支持。今でも"昭和を代表する歌手"といえば、いの一番に彼女の名前が出てきますね」(老舗芸能プロ関係者)

ひばりと前後してこの世を去った石原裕次郎も、昭和という時代を象徴する存在だ。実兄・石原慎太郎元都知事の芥川賞受賞作『太陽の季節』の映画化作品で、颯爽とスクリーンデビューしたのが裕次郎だった。

「左利きの慎太郎がもの凄い速さでシナリオを書くんですが、これが誰にも読めない(笑)。唯一読めた裕次郎が清書していたといいます。裕次郎は酒が好きで、"ビールは水"が持論でしたね」(ベテラン芸能記者)

その後、石原プロを設立、社長に就任した裕次郎は、後年、『太陽にほえろ』のボス役で一世を風靡。87年に入院先の病院で亡くなった。

「死因は肝臓がんとされていますが、"梅毒の末期"だったとの噂が飛び交いました。これも人気者ゆえですね」(前同)

裕次郎と並び称される映画スターが、昨年11月に急逝した高倉健。

『日本俠客伝』『昭和残俠伝』『網走番外地』など、数々の任俠映画の人気シリーズに主演。任俠道を貫くストイックな役柄に当時、多くのヤクザも憧れたという。

「三代目山口組の田岡一雄組長が、自らの半生を描いた作品『山口組三代目』の主演俳優に健さんを推薦したのは有名な話。これを縁に、健さんと三代目の心の交流はずっと続いていたんです」(夕刊紙記者)

興味深いのは、裕次郎も健さんも両方好きというファンが意外と少ないこと。

前出の毒蝮師匠は「裕次郎は大好きだったが、健さんの映画はあまり観ていない」と述懐する。

「裕次郎さんと健さんのファンがあまり重複しないことは、映画業界では常識です。2人の背負っている"イメージ"が180度違うからでしょうね」(映画記者)

裕次郎作品は"昭和の呪縛を破壊する"エネルギーが持ち味。こなた"古き良き昭和"に生きる主人公を健さんは熱演した。

女性の映画スターでは、やはり吉永小百合を外すわけにはいかない。タモリ、野坂昭如など「サユリスト」と称する同世代の熱狂的なファンを持つのが吉永だ。

タモリはあるとき、野坂について、

「あの人は一時、山口百恵に行きかけたけど、オレは小百合ちゃん一筋」と、小百合への熱い愛を語っている。「タモリと一時、恋仲が噂された都内のホステスも、"吉永似"だったといいますから筋金入りでしょう(笑)」(前出の夕刊紙記者)

昭和48年(73年)に15歳年上のテレビマンと電撃入籍した吉永は、古希を迎えたとは思えない美貌を保っている。

宇津井健に"密かな恋心"!?

さて、野坂が一時「浮気」しかけた山口百恵も、昭和を代表する歌姫。「あんまり好きじゃない」という評論家の小沢遼子さんも、なぜか彼女のレコードをすべて所有しているという。

「う〜ん、何か心に残るものがあるのね。特に、後期の阿木燿子、宇崎竜童夫妻が作った歌が素晴らしい」

百恵の自伝に、こんな一節がある。

〈私には、父はいない〉

「母子家庭で育った百恵は、その反動か"赤いシリーズ"で共演した宇津井健に理想の父親像を見出したといわれています。それが次第に愛に変わっていったとも。彼女が結婚した三浦友和は、どこか宇津井に似た雰囲気がありますしね」(前出のベテラン芸能記者)

その絶頂期に結婚・引退して以降、家庭を守り続けている。それは「自分が得られなかった幸せな家庭を築く」ということなのか。

さて、昭和を代表するヒーローの掉尾を飾るのは、田中角栄元首相だ。現代日本に「この政治家在らば」と惜しまれるのは、吉田茂でも岸信介でもなく、圧倒的に田中角栄だという。

米国の"虎の尾"を踏んだ首相

その理由について、政治評論家の浅川博忠氏は次のように解説する。

「彼以前に総理大臣を務めた岸信介や池田勇人、あるいは田中の次の福田赳夫などは"官僚出身"の政治家です。これに対して田中は、典型的な叩き上げ。その庶民的な出自に共感するという面があると思います」

加えて類まれな実行力。

首相に就任するや否や、懸案だった日中国交回復に着手、あっという間に交渉を成立させてしまう。

「また、地方の時代を先取りした『日本列島改造論』で、都市と農村の差を埋めようとしたのも先見の明がありますね」(浅川氏)

しかし一方で、このガムシャラな実行力が、"日本の親分"アメリカの虎の尾を踏むことにつながる。

「日中国交正常化は米国の"頭越し"だった。さらにエネルギー外交でも、米国一国頼みを改めようと、独自ルート開拓に奔走します。こうした政策が、ワシントンの逆鱗に触れたんですよ」(全国紙政治部記者)

田中は首相在任中、突如降って湧いた金脈問題で首相の座を追われ、米国の陰謀ともいうべきロッキード事件で、政治的に"抹殺"されてしまう。

「正念場の安保関連法案も年内妥結を目指すTPPも、"米国の言いつけ"。真の国益を実行できる角さんみたいな政治家は、もう出ないかもしれません」(前同)

現代の政治を憂う声が待望論を呼ぶのか。

「"フジヤマのトビウオ"古橋廣之進や、ノーベル物理学賞を取った湯川秀樹も入れてほしい」(毒蝮師匠)

「女優の原節子さんや劇作家の寺山修司さん、映画監督の大島渚さん……が、私にとって本当のヒーローです」(前出の小沢さん)

というように、昭和のヒーローも選ぶ人によって、さまざまかもしれない。しかし、ここに挙げた10人が、それぞれに昭和、あるいは戦後という時代に、まばゆい輝きを放ったことは、間違いないところだろう。

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